幸せってなんなんだろうね

こんにちは。りゅあです。
今日、ふと幸せってなんだろうって思ったんですよ。なんか、私もよく「あ、幸せだな」って思ったりする時に「幸せだなあ」って言うんだけど、ほんと幸せってなんなんだろうね。
だってさ、極端な例を出すとさ、発展途上国の食べたくても食べられない人は、もちろん食べ物があったら幸せだけど、食べ物なんてなくても仲間と一緒に居られるなら「幸せ」と言う人もいるし、いくら裕福な生活を送ってても、政治がどうこう、こんな国では幸せになれない!いって言う人もいるよね。
まあ結局は人それぞれなんだろうけど、だったら幸せの定義もないんじゃないかなって。もし幸せを感じることが人それぞれなら、幸せの定義もそれによって変わってきちゃうんじゃないの?って変なこと考えてました。
刺青をいれていたって幸せになれるし、一流企業で就職することが幸せとは限らない。今日ちょっとかなしいことがあってさ、自分の心が若干ゆらいでるのがとても嫌なんですよ。許せないんですよ。
絶対就職なんてしないぞってずっとずっと言ってきているんだけど、いや、きっとしないだろうけど、しなくても生活できる険しい道だって進む覚悟だってできてるはずなんだけどね、やっぱり大学に通う人はほとんどが就職を考えているわけで。学校でもだいたい就職の話をされるんだよね。
中学に入れば、高校受験のことを考えるんだ。って言われて、高校に言っても受験受験、将来将来、大学大学、んで大学入ったら入ったらで就職就職!って。なんでもかんでも就職の話に結びつけられるのよ。就職の話ばっか聞いてたら、自分の頭の中にあるりゅあの将来のイメージがね、就職って単語でノイズ入ってくるような感覚になるのよ。絶対就職しない、したくない!って今まで思ってたからほとんど想像したりしなかったんだけど、今ではほぼ毎日、「もし就職したら」って映像が頭に浮かぶの。だからずっと頭の中にあるりゅあの理想郷に例えば大きい電波塔があったら、それの地盤が緩んでぐらつく、みたいな。爆弾が近くに飛んできて揺れる、みたいな。そんな感じになってるからすごく嫌なの。どうしてもその単語を何度もなんども毎日言われていると想像しちゃうんだよね。
こんなのがずっと続いてたら、りゅあが洗脳されちゃう気がして、すごく嫌だ。こんな所にいたら危ないよ!って気持ち。
高校生の時、悩んでいる時にいわれたことあるんだよね。

「あなたがやりたくないことでも、それはあなたにとっての幸せなんだよ」

って。は?意味わからなくないですか?笑 どうしてやりたくないことをするのが幸せなの?絶対違うよね?やりたいことを叶えるための手段ならわかるよ?バレリーナになりたい!でも練習行きたくないよう、緊張するからコンクールでたくないよう、とかだったら、「いや行かないと夢叶えられないでしょ?」とか。バレエでフランスに留学するからフランス語覚えたくないけど覚えなきゃいけない、とか。それはわかる。けど私が言われたのは、「やりたいことができなかったときのためにやらなきゃいけないの。」って。なんで夢潰すようなこというんですかね?宇宙飛行士になれなかったときのために、別のことやりなさい。みたいな。笑 そんな他ごとやってたら叶えられないに決まってるじゃん。叶えるために専念してくれるんじゃないの?「りゅあはすぐ気が変わるから」って。何年もずっとがんばってても、ずっとそれを目指してても、変わるからって叶えないから、って思ってるからなにも叶えられてないんじゃないの?って当時はすごく思ったなあって。

まあ、きっと世の中からしたらこれはどうでもいいことかもしれないけどね。

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