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父祖の地で、人の優しさにふれたこと(6日目)

朝起きる。昨日は飲みすぎた。
ハッと気づく。仕事がある。
チェックアウトまではパソコンに向かう。
僕のかわいいMacBookPROちゃん。持ち歩くのは本当に大変。重い!持ってきて本当に助かっているけど重い。

重い


もう一つ重いのはニコンの70-300mmの望遠レンズ。重い!あとカメラ本体も重い!
好きだったり、必要だったりで持ち歩いているのだが、この子たちのおかげでだいぶ体力が削られている。
もう少し言わせて。
ジーパンが重い。リーバイス501重すぎ。出発の日が寒かったから持ってきた長袖Tシャツ、長袖カッター、重い。捨てたい。

レンタカーで能美島に向かう。有名な江田島と一体になっている島だ。有名人ではバレーボールの栗原恵さんが出身だ。今は能美島、江田島合わせて江田島市になっている。
わたしの苗字のでルーツの島で、訪問は今回の旅のメインイベントだ。

父から、父が以前住んでいた場所の住所を聞いていたのだが、住所がナビで見つけられない。仕方ないので、以前の菩提寺だった寺へ。
車をどこに停めるかわからないので埠頭に停めさせてもらう。
港の水が綺麗。30cmくらいのクロダイ?が見える。
菩提寺に行っても、誰もいないしどうしようもない。

港に戻り、食料品店があったので覗いてみた。
中では地元のお姉さんたちが中でお好み焼きを食べていた。
お好み焼き屋でもあるのか。
麺はうどんだ。焼きそばを使うかうどんを使うかでも地域性があったりするのかな。

見知らぬ顔が不意に現れたせいか、店の中が静まり返る。
名前を名乗り、きた理由を伝える。
「シゲタニです」と名乗るがこの土地の苗字のはずなのにピンとこないらしい。
「重谷」と書きますと伝えると「オモダニや、シゲタニじゃなくてオモダニ言うんや」と教えてもらう。
え、知らなかった。オレ、苗字変わるの?

苗字の謎は置いておき、父から聞いていた祖父母や叔母たちの話などを伝えると、中にいたおじさんが、「その家はわたしの家の横にある丘の上に住んでいた家族だよ」というようなことを島の広島弁で教えてくれた。
別のおばちゃんが、「連れてってあげる」ということになった。
申し訳ないが、不慣れな土地ではありがたい。

着いた場所。
ああ、なんとなく覚えている。20年ほど前に墓を島から引き上げる時に来たから。
近所の方が、家があった丘の上まで連れて行ってくれた。
石垣は住居の土台だったのだろうか。
裏手には崩した墓石。そう。お経をあげて魂を抜いた後に皆で倒した跡かもしれない。古井戸もあった。

この辺りは人の住むところのすぐそばに墓がある。ずっと先祖と一緒なのだろう。
我が家を始め、墓を残して出ていった家も多いだろう。

この藪の裏に元墓があったのかもしれない

住居跡に向かう途中でお墓の掃除をしているおばちゃんとそのお母さんがいた。墓の周りに植えている甘夏と橙が立派に実っていた。
「持っていきな」と大きな甘夏と橙を合わせて6つももらった。うれしくてほっこりする。

でも荷物重いんだよな。まいった。

荷物は重くなったが、父祖の地で思いがけない、人のやさしさにふれ、ちょっと泣きたくなるような感動をして島を離れる。
住んだことはないが、この島は俺の故郷なのだ。

呉に戻り港湾巡り。元自衛官のガイドさんの話が面白い。
この日に停泊していたの艦艇の質と量は、上の下あるいは中の上だったそうだ。
敷設艦や音響測定艦のような艦が見れてよかった。
海自は正面兵力だけでなく比較的地味でも大切な役割をする装備にしっかりと金をかけていると思っている。特に対潜戦に関しては。

音響測定艦
潜水艦

広島に移動。今日は忙しい。
泊まった旅館は、ザ・昭和のビジネス旅館という非常に趣き深い旅館だった。

前職の後輩が会ってくれるというので喜んで町に繰り出す。落ち合う前に少し時間があったので、勧めてもらったビールスタンド重富でビールの練習をした。

ビールスタンド重富
重富の店内

後輩とスペシャルゲストの同期も加わって楽しく騒いだ。締めにお好み焼きを食っておしまい。

今回の投稿は「重」という字が多かったな。

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