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コロナ禍で修学旅行が中止ならば、地元を多く見せてあげて

私の故郷である岐阜市の小中学校が修学旅行の中止や縮小を検討するという話題を目にしました。中国武漢市を発祥とする新型コロナウイルス感染症の拡大を抑制するための措置だそうです。修学旅行といえば宿泊を伴うゆえに先生方の負担が大きい催事です。ただでさえ引率に多大なる責任を伴います。そこに感染症対策の責任を加える難しさは理解できます。

私は今年で35歳になりますが、小中とも修学旅行の記憶は鮮明です。宿泊施設での出来事もよく覚えてます。小学校の時は大部屋の同級生が寝てくれなくて怒ったり、逆に中学校の時は別部屋の同級生を無断で部屋に呼んで遊んでたら先生に怒られたり、夜ならではの高揚感や背徳感は格別でした。

日帰り行程の行事も良い思い出があります。しかし、修学旅行の肝は何と言っても宿泊です。親元を離れて宿泊する数少ない機会でもあります。一生の思い出にもなる機会を経験させられてあげないのは心苦しくなります。

冒頭に書いた通り、中止せざるをえない事情も理解できます。感染症対策である3密を避けられないからです。宿泊は必ず誰かと相部屋になります。教室や食事の濃厚接触は避けられても、部屋ではそういう訳にはいきません。1人に対して1室を充てられる潤沢な私学であれば結構なのでしょうが、稀でしょう。

世間体もあって責任を取り切れないという大人の事情も見え隠れします。それはそれで情けない話ですが、決して悪いことだとは思っていません。

一方でこれは良い機会だとも思います。以前に『GoToできない東京都民は、いまこそ東京観光か』という記事を書きました。要点としては同様です。近くだけど行かない場所を巡る「地元再発見」です。

私は岐阜市で生まれ育ちましたが、実は学校行事で飛騨地方(岐阜県北部)に行った記憶がありません。岐阜県の代表的な観光地の1つに世界遺産である白川郷があります。白川郷も大人になってから訪れました。岐阜市と近い美濃市などは社会科見学で行ったのを覚えています。しかし、意外と岐阜県内を網羅的には訪れていません。

修学旅行に充てられていた日数と予算を複数の社会科見学に充てられれば、有名所はある程度回れる気がしています。緊急事態宣言下での休校があったので、予定的に難しい面もあるでしょう。しかし、単純に中止としてしまうよりかは可能な限りで思い出作りの機会を提供してあげてほしいです。コロナ禍だからこそ可能になる旅行や体験もあるはずです。

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