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ポテサラ論争を「世代間ギャップ」で済ませるのはもったいない

「ポテサラ論争」なる議論が話題になっています。惣菜コーナーのポテトサラダを購入しようとした客に対して、ポテトサラダくらい作ったらどうだという意見が発せられたのが発端のようです。世代間による価値観の違いという観点で話題になっており、とても微笑ましく見ておりました。

論争の種としてポテトサラダが槍玉に上がったのは絶妙です。ポテトサラダは、作り方が分かる一方で手間がかかります。ジャガイモを茹でたあとに粗く潰して冷ましながら他の具材と調味料を馴染ませたら完成です。手数は少ないので「ポテトサラダ『くらい』」と軽視したくなる気持ちは分かります。

論争の軸となっている論点は2つかと思います。1つは時間に対する価値観の違いです。もう1つは料理に対する価値観の違いです。

最も多く語られているのが、時間に対する価値観の違いだと思います。今は私の子供の頃と比べても、あらゆる行動が効率化されました。現代人は時間の使い方に対して敏感になっています。例えばネット通販です。街に出かけて時間をかけて商品を吟味することなく、スマホ1つで買物を済ませられます。送料がかかっても時短になれば購入を惜しみません。購入した時間は自分の趣味や仕事、家族との時間という自由な時間に充てられます。

ポテトサラダは一般的なレシピだと40分程度はかかるようです。調理器具を片付ける時間も加味するとそれ以上でしょう。美味しく作るには繰り返し作って経験を積む必要もあります。この時間を数百円もかけずに購入できるのであれば安いものです。

料理に対する価値観は「手間をかけるのが愛情」という点で意見が分かれそうです。育った時代背景が影響しているのではないでしょうか。おそらく、親が食事を用意する様子と、親から感じた愛情が混ざっています。当時の母親の料理姿が目に焼き付いている人ほど、子供には同じように手間を掛けて食事を用意するべきと考えるのだと思います。

私の祖父母の世代であれば、料理は今と比較にならない程に非効率だったでしょう。それと比べたら、時短にいそしむ現代の子育て世代が淡白に見えるのは仕方ありません。

世代間ギャップという点で括ると単純ですが、分解してみると幾つかの価値観の相違が見えて面白い論争です。それにしても、自分も数十年すれば「古い価値観の人間」と言われようになるのだと思うと切なくなります。価値観は常に最新化していきたいものです。



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