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シナムドーナツ

 粉砂糖には体温を下げる効果がある。今日未明、閑静な住宅街で、凍死した男女の遺体が見つかった。現場にはシナムドーナツの箱が残されていたので、粉砂糖の過剰摂取による事故死だろうと誰もが疑わなかった。近所でシナムドーナツを販売しているハナマキベーカリーの店主はこの発表を名誉毀損であるとして訴訟を始めたらしい。

 それはそれとして、ハナマキベーカリーが怒りの50%オフ価格で販売しているシナムドーナツをここぞとばかりに買い占めた私は、家に帰り、1日1個までと決めているそれを2個食べてしまった。舌に触れるとひんやりと冷た甘いシナムドーナツのふかふか生地の、うすきいろの断面をじっと観る。美しい。空気を適度に含む上等なスポンジケーキ生地のような贅沢食感。明日になると砂糖が生地に馴染んで安全に、そして、しっとりするだろう。少し歯応えの増したそれも嫌いではないが、買ったばかりの危険な味ももう少し楽しみたい。私は3つ目のシナムドーナツに手を伸ばした。

 寒い。クーラーを止めて様子を見ながら4つめを齧る。ひんやりとした舌触りと香り高いシナモンがクセになる。美味しい。口の周りについたシナモンシュガーをぺろりと舐めると体温が2度下がった。美味しい。けれど、とても寒い。コーヒーを飲もう。美味しいシナムドーナツには苦いコーヒーが合う。震える手でドリップパックをマグにセットし、電気ポットにぐらぐらと煮立つお湯の音を聴きながら二口目を食べる。甘い。美味しい。立ったまま食べるのは行儀が悪いかもしれない。

 安いドリップコーヒーを淹れたところで、8つ目のシナムドーナツを袋から出した。にっくき雨。シナムドーナツの安全さが増している。シナムドーナツといえば苦いコーヒーに浸して食べるのも邪道だが美味である。そっとコーヒーにドーナツを浸すと一瞬でシナムドーナツはコーヒーを吸い、脆くなった。重たいドーナツを慌てて口に含むと口の中でもろもろと崩れる甘い生地とコーヒーの苦味、まだコーヒーに浸ってない部分の"ひやり"が口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。そろそろお腹が膨れてきたのでもう一つ食べて終わりにしよう。私は黒ずんだ指先で6つ目のシナムドーナツに手を伸ばした。

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