5月

大水槽を縦横無尽に遊泳するエイに感嘆の声を漏らした。分厚いガラスに身体を張り付かせて、
「俺とこのエイではどちらが大きい?」
と、迫真に満ちた表情をしてみせる。思わずこみ上げる笑みを殺して、極力無機質にエイの方がと答えると、再び大袈裟に驚いてみせて同じ質問を繰り返す。そんなくだらない遊びで、お互い腹を抱えて笑った。

「こちらへ来て、穴場だよ」
手を引かれながら薄暗い方へ向かうと、一枚のガラス越しに先程のエイが足元を往復する。
「この大きさなら僕たち2人で乗れるから、足を付けて」
少年の無邪気さを隠そうともせずに彼がいうので、引き寄せられるように足を進めると、4本の足影は見事エイの背中に収まるのだった。

陽は既に傾き、水面に残る僅かな斜陽が風に流されて光っていた。ひとつ身震いをした彼は「こんなに長く水族館にいたのは初めてだ、水族館なんてつまらないと思っていたけど意外にいいもんだ」と言った。
入館前の駐車場に所狭しと並べられていた自動車はほとんど帰路についていて、ただっぴろい鼠色に一つだけ、朱色の車が置き去りとなっていた。それは午後が落ち始めた不穏な様相には非常に映えて見え、決して孤独を感じさせないものだった。