3月

起き抜けに与えられた愛と気怠い下半身、秒針と律動するあなたの寝息。滑らかな胸元に耳を当てると、肋骨内で反響する心臓弁の閉鎖音が眠りの柔らかな澱みを孕んで目の奥を微かに揺さぶる。時々目蓋を持ち上げ、羽ばたきのような音を立てるカーテンから漏れ入る筋状の光があなたの頬を掠める様を眺めていた。

例えば、9時には家を出て遠くへ行こうよと取り付けた約束を何度も反故にした私をつまらない女だと咎めたことは1度だってなかった。目が覚めた時、あなたは決まって「おはよう、疲れはとれましたか?」と頬を撫でるように微笑んだ。「もう少しゆっくりしてていいよ、日が落ちるまで目を閉じていて。夜がきたら晩御飯を食べようね。次の休みが合う時にどこかいこうか」と。そうして同じ毛布を取り合うようにして私達は再び眠りについた。
雨降りの昼下がり、あなたが眠るベッドほど居心地の良いものはなかった。
ゆっくりと眠りから引き戻される身体から仄かに香る匂いに誘われるように広い背に腕をまわせば、その何倍もの愛情を押し付けられた。どちらともなく足を絡ませ、鼻先の距離で息を吐き、お互いの瞳の中に居座る己を探す。そうして幾度となく唇を重ねるうちに、どこからが私でどこからがあなたかもわからなくなる。確かにあなたの背に触れているというのに、物理的な境界線が見えなくなるのだ。抑え込まれる頭も押し付けられる手首も、私のものでありながら全てがあなたのためのもので、覆いかぶされば、私の睫毛はあなたの頬に溶け込んでいく。胸に這わす指が、鎖骨に噛み付く唇が、形を失いながら落ちこみ染み込んでいく。だけど、どれだけ強く結ばれたとしても、私達が異なる個体であるという不動の事実を見失うほど迂愚であってはならない。