6月

丁度一年前のことだ。親知らずの抜歯を目的に近医へ足を運んだところ、歯の不自然な均等さを指摘されたという。そしてそれがおそらくは歯軋りによるものだと結論付られたらしい。顎の力が人より少し強いから研磨する力も強いんだってと付け加えるので、それならばマウスピースを付けた方がよいではないのかと提案するも、もしも覚えていたら再診日にでも聞いてみるかなと腑抜けた声音で返すのだった。

それから私は毎晩、あなたが眠りについた後に耳を凝らしていた。その歯が研磨され、縮まっていく様子を想像すると容易に目蓋を落とすことができなかった。しかし当面息を潜めてみても一向に歯の軋む音はせず、渇いた半開きの唇からはすやすやと穏やかな寝息が聴こえるばかりだった。
あなたが歯軋りをしていないことに安堵した私は、その寝息を耳に奥歯を軽く噛み合わせ、左右に揺すってみた。さりさりと軽快な振動音が骨を伝わり、内耳に心地よく反響した。
もしかすると、私の耳まで届かない繊細さで、あなたの下顎もこのような不自然な動きをしているのだろうか。毎晩キリキリと音を立てながら、言葉として放出することを忘れてしまうほどに微かな億劫や不安、焦燥を擦り潰していたのだろうか。擦り潰すことで、忘れたような顔で明日を生きているのだろうか。そう考えるとますます眠気は遠退いて、無意識に筋肉を強張らせ 、上下のエナメル質を強く擦り合わせてしまうのだった。