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舞台芸術を通じた新たな国際交流のかたち

一般社団法人ドリフターズ・インターナショナルでは「アジアのアーティストのための交流プラットフォーム」を掲げ、2018年から2021年にかけて「Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering Asian Contemporary Performance」を開催してきた。コロナ禍の影響を受け、2020年からはオンラインを中心とした開催へと体制を変更せざるを得なかった「Jejak」だが、そこには舞台芸術を通じた新たな国際交流のかたちがあった。そこで見出された可能性は2021年に開催されたQ / 市原佐都子 『妖精の問題』オンラインツアーでもさらに展開されていくことになる。「Jejak」はどのようなプロジェクトだったのか。新たな国際交流の可能性はどこにあるのか。『妖精の問題』オンラインツアーのプロデューサーであり、「Jejak」2020年版、2021年版のプロジェクトマネージャーを務めた黄木多美子(株式会社precog)、同2021年版でコーディネーターを務めた野﨑美樹、同2018年版でアシスタントプロデューサーを務めた水野恵美(株式会社precog)が振り返る。

—— まずは一般社団法人ドリフターズ・インターナショナルについて改めて教えてください。

黄木 一般社団法人ドリフターズ・インターナショナル(以下ドリフ)はもともと、違った背景を持つ人たち同士が交わる場所を作るということをコンセプトとして展開してきた組織です。株式会社precogが、アーティストと一緒にクリエイションをすること、そこから作品を展開していくことを強みにしているのに対し、ドリフの事業が目指しているのは場を作ってそこで人々が交わること、それによって化学反応が起きて、新しい何かが生み出されていくこと、ということになるかと思います。

水野 KAATと共催した「世界の小劇場」(2011)や「KAFE9」(2012)など、ドリフではこれまでも国際交流事業を手がけてきました。でもこれまでの「国際交流」というのは主に海外のアーティストや作品を日本に招聘することを指していたと思います。2018年からはじまった『Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering Asian Contemporary Performance』や2021年のQ/市原佐都子『妖精の問題』オンラインツアーでは、これまでの国際交流事業で培ってきたネットワークやノウハウを利用しつつ、ドリフが当初から掲げ、国内で展開してきた場づくり、異なるコンテクストの交流によって新しい何かが生まれてくるような状況をつくり出すことがどうしたら国際交流事業でも可能かということを考えながらプロジェクトを組み立てていきました。

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—— 「Jejak」を立ち上げることになったきっかけは何かあったんでしょうか。

水野 2017年にチェルフィッチュ『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』のバンコク公演があったときに、「Jejak」のキュレーターを務めることになる中村茜、Lim How Ngean、Helly Minartiの3人で話す機会があったんです。そこで、アジアのアーティストやその作品のコンテクスト、背景みたいなものがアジア内で共有されてきていないことに対して共通の危機意識を持っていることがわかった。
たとえばチェルフィッチュ/岡田利規さんはヨーロッパではたくさん上演もしてきたし評価もされているけど、アジアでの上演回数はまだまだ少ないし名前もあまり知られていない。2015年あたりからはソウル、バンコク、台北、横浜などアジアの大都市でも大きな芸術祭や見本市が開催されていくようになっていきますけど、それはヨーロッパ圏のフェスティバル文化がアジア圏にも広がってきたという話で、アジアのローカルで何が起きているかはなかなか可視化されてきていません。アジアのローカル同士がお互いの地域で何が起きているかを知らず、アジアの舞台芸術史が更新されていないという現状認識があったんです。

それで、大きなフェスティバルを開催するのではなく、たとえば同じパフォーマンスを二都市でやったときに現地の観客がそれぞれどういうふうに受け取るのかということを考えてみたり、そこに現地のアーティストやプロデューサーを呼んで、スローな時間をともにする密なコミュニケーションができる場を作ったりということをやろうよということで「Jejak」は始まりました。

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「Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering 
Asian Contemporary Performance 2018」の様子

—— 具体的にはどのようなプログラムがあったのでしょうか。

水野 2018年の7月にジョグジャカルタで開催したときには日本側からは神里さんと市原佐都子さんにご参加いただきました。神里さんにはマレーシアのMark Tehさんと、それぞれ自分の創作やリサーチのやり方についてプレゼンしていただいて、「ノーメモ、ドリンクアルコール」という「いいかげん」な神里さんのリサーチ手法と、Markさんの史実に基づく緻密なリサーチの対比が面白いということで、このときのプレゼンは後に二人のリサーチコラボレーションという形で展開していくことになります。
市原さんにはタイのDemocrazy Theatre StudioのメンバーのTananop Kanjanawutisitさん、ジョグジャの若手プロデューサーのSekar Putri Handayaniさんと一緒に、これまでの自作、特に『妖精の問題』について、創作のきっかけや背景など、どういうことを考えて作品を作ったかということを話していただきました。
特にインドネシアがそうだと思うんですけど、公の場での女性の発言に対して様々な抑圧が働く文化のある地域の人には市原さんのプレゼンがすごく刺さったようでした。そこからすぐにジョグジャのIndonesia Dramatic Reading Festival (IDRF)に繋がって、『妖精の問題』が現地俳優によってリーディングされることになりました。

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Q / 市原佐都子『妖精の問題』オンラインツアー

—— 2021年にはその『妖精の問題』のオンラインツアーが開催されました。

黄木 『妖精の問題』という作品をアジアのいろいろな文脈のなかで観てもらいたいということで、当初はインドネシアとタイとマレーシアと中国を回るツアーを予定していました。なかでもインドネシアは4都市を回る想定だったんです。インドネシアは何百という言語がある多言語の国で、民族ごとに様々な文化や背景を持っています。それで、ジャカルタ、ジョグジャカルタ、マカッサルとソロの4都市を回ることになっていました。
結局、コロナ禍で渡航が難しいということと、現地の情勢的に話を進めるのが難しくなってしまった国もあって、ツアーの計画は大幅に変更せざるを得なくなります。最終的に、中国の上海とインドネシアのジョグジャカルタを現地会場とするオンラインツアーという形になりました。
『妖精の問題』はもともと、2020年5月にはZoomを使ったオンライン版が上演されています。でも、市原さんとしては、特殊な状況下でオンライン版を作れたこと自体はよかったけど、それが本編のように捉えられるのは本意ではない、やっぱりこの作品は生で、舞台上で上演されるものの方が自分としては満足のいくものであるという気持ちがあるということだったんですね。
それで、今回は作品そのものというよりも作品を通じて議論をすること、違う文脈の人たちが意見を交わすことで何か新しい発見をするということの方に重きを置く形でツアーをするのはどうでしょうとご提案させていただいたんです。市原さんにも、作品が交流のきっかけになるというコンセプトであればいいですねと言っていただいてオンラインツアーの方向性が決まりました。

—— 中国版とインドネシア版では、内容がやや異なるものになっています。

黄木 現地のプロデューサーと話していくなかで、中国・インドネシアそれぞれの現状に合ったかたちを、ということになったんです。当初はどちらも、オンライン版『妖精の問題』の映像を配信をして、そのうちの第三部だけをライブで上演しているものを配信しようとしていたんです。でも、現地プロデューサーのZhang Yuanさんから、中国はコロナが他の国よりも早く落ち着いて劇場も普通の状態に戻ってきているから、誰もオンライン演劇なんて見ないんじゃないか、それよりは舞台版の記録映像をちゃんと見てもらって話をする方がいいのではないかというかなり強い意見をいただいて、中国では結局、日本の劇場で上演されたバージョンの記録映像を配信することになりました。一方、インドネシア側のプロデューサーのMuhammad Abeに聞くと、インドネシアはまだまだもとの通りという状況ではなく、オンライン演劇も全然みんな見ると思うよということだったので、そこは柔軟に、国ごとの状況に合わせた形態を選択することにしました。

—— 交流の手応えはいかがでしたか。

黄木 中国版の配信の次の日にインドネシア版の配信があったんですけど、インドネシア版のトークには中国版のトークにも参加してもらったプロデューサーのYuanさんと上海の若手劇団・老妖精のメンバーにも参加してもらいました。これまでの海外ツアーだと、ツアー地ごとの参加者同士が交流するということはほぼないんですけど、今回はツアー地をまたぐ形でトークセッションを組んで、異なるコンテクストを持つ観客のあいだで感想を交わすことができた。これはオンラインツアーならではの成果だったと思います。それがあったことでインドネシアならではの、あるいは中国ならではの視点みたいなものもよりはっきりするような形で議論ができたという手応えもありました。
一つの作品を通じて議論をすることで、そこで扱われている問題に対してどういう視点がそれぞれあるのかということが可視化されていったのはとても有意義な時間でした。今後もオンラインツアーをやる場合には活かしていきたいところです。

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Q / 市原佐都子『妖精の問題』オンラインツアー 
中国トークセッションの様子

—— 「Jejak 2021 NAHA@ONLINE」ではどのような「交流」が目指されていたのでしょうか。

黄木 もともと「Jejak」は2018年から2020年までの3年間のプロジェクトの予定で、最終年度である2020年はフィリピンのロハスシティと日本の那覇での開催を予定していました。ところが、コロナ禍で2020年の那覇開催は現地での開催を一旦延期し、映像配信やトークセッションなどを配信するプログラムでオンライン開催をすることになりました。その時点では2021年には那覇で開催しようということで進めていたんですけど、今年に入っても状況が改善していなかったので、2021年もオンライン開催にせざるを得ないという結論になったんです。
そこで、キュレーターたちが話し合って、「Jejak」としても3年目で、1回ここが区切りになるということは決まっていたので、どうせオンラインになるのであれば、これまで「Jejak」を開催してきた都市に対して沖縄からの発信を届けるというのはどうだろうということになり、フィリピンのビサヤ諸島、マニラ、マレーシアのクアラルンプール、インドネシアのジョグジャカルタと那覇をつなげてプログラムを組むことになりました。

野崎 那覇でイベントを開催する方向で動いていた時点では、当然ですけど沖縄の人たちを主な観客として想定していたんです。でも、現地でのイベント開催が難しいとなったときに、今回は逆に沖縄のこと、沖縄のコンテクキストを発信してフィードバックをもらうことが当初目指していた「交流」につながっていくんじゃないかという話になった。それで東南アジア各都市ローカルの人たちを観客として想定して進めていくことになりました。

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「Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering Asian Contemporary Performance 2021 NAHA @ONLINE」Panublion Museum会場の様子

—— 振り返ってみて、手応えはいかがでしたか。

野崎 もともと現地にネットワークを持っているコーディネーターの方々と一緒にプロジェクトを進めていったということもあって、関心のあるローカルの方が多く集まってくださったなという手応えはありました。各プログラムでは主にウェビナーの形式を使っていたので、観客と直接対話する機会は少なかったんですけど、チャットとかで本当にたくさんの意見や感想をいただいて。

黄木 日本国内だけでやっているオンラインイベントと比べるとすごく熱気を感じるというか。あるテーマに基づいて議論をすること、自分がいる場所とは違う場所で何が起きているのかを知るということに対してすごく前のめりな印象を受けました。

野崎 たとえばダンスのレクチャーやワークショップでも、参加者は必ずしもダンスのプロフェッショナルばかりではなくて、様々な人たちが参加してくれていたんですね。もちろん、たとえばクアラルンプールのASWARAという大学でダンスを学んでいる学生が多く参加してくれていたりはしたんですけど、他にもマレーシア中の大学から、それもダンスをやっているわけではないと思われる学生も参加してくれていた。沖縄自体に興味がある人も多くいらっしゃったように思います。
あるいはフィリピンでは、現地コーディネーターのGreen Papaya Art Projectsが、彼らの周辺のアートコミュニティだけではなく、ロハスシティの教員の団体にも声をかけてくれたり、市内のミュージアムや教会でもパブリック・ビューイングを開いてくれたりして。おかげで必ずしもコアなアートコミュニティの方だけではない、いろいろな方に届けられたのではないかと思います。

水野 「Jejak」の主催はドリフではあるのですが、一方で現地パートナーとしていろいろな人を巻き込んでいて、プロジェクトとしてはその人たちの主体性を重視した進め方をしていました。
私が担当した2018年のときも、ジョグジャではCemetiのメンバーが会場を提供してくれたり広報物を作ってくれたり、アーティストやプロデューサーの受入など運営もやってくれたりしていました。現地の人に届けるためにふさわしいかたちをということで、ギャラリー展示のコーディネートやイベントスケジュールの組み立ても工夫してくれて。

野崎 現地の人との協働ということでは、野村政之さんと沖縄にリサーチにいったときのことがとても印象に残っています。こうするので協力してください、やらせてくださいみたいな形ではなく、沖縄の人たちの声を聞いて拾っていくような、沖縄の人から出てくるものを待つような打ち合わせだったんですね。それは今回のプログラムの根幹としてあるべき姿勢だなと改めて思います。

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上段左:水野恵美、上段右:黄木多美子、下段:野﨑美樹

—— 今後の展望について教えてください。

黄木 「Jejak」に関しては3年間のプロジェクトという意味では今回でひと区切りということになります。今後の展開について具体的に決まっていることはないんですけど、「Jejak」で実践してきた、ある作品を発信するというだけじゃない、ローカルとローカルの交流というプラットフォームは大きなポテンシャルを持っていると思いますし、コロナ以降の国際交流を考え実践していくには格好の枠組みだとも思うので、「Jejak」での経験を踏まえて次の展開を考えていきたいと思います。

水野 アーティストや作品が主役で、その土地に行って上演してプレゼンしてということだけじゃなくて、現地の人を巻き込んで、巻き込まれたその人も主体となってさらに別の人を巻き込んで、みたいなかたちで繋がりが広がっていく。東南アジアの舞台芸術とコミュニティとの関わりを見ていると、特にそういう広がりを強く感じます。国と国との交流だったり、海外ツアーでフェスティバルを回るみたいな大きな枠組みを前提とした交流ではなく、ある地域における人と人との結びつきからはじまる交流。舞台芸術を通じた国際交流の新たなかたちの可能性はそこにあるのかなと思っています。

(取材・文:山崎健太)


Jejak-旅 Tabi Exchange: Wandering Asian Contemporary Performance

Q / 市原佐都子『妖精の問題』オンラインツアー


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