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吸着音のいろいろな表記

5月25日はアフリカデーです。
アフリカ南部のコイサン諸語やバンツー諸語で特徴的な音声に吸着音があります。
国際音声記号では現在は句読点類に由来する記号類が使用されているのですが、過去は拡張ラテン文字が使用されていました。
キリル文字使用言語の翻字では、ロシア語では硬音符Ъ・ъ》あるいはウクライナ語、マケドニア語(ウィキペディア内での【Чкрапава согласка】の項に記載)ではアポストロフʼ》を関連性の高い子音字の後に配置したものが使用されます。
韓国語・アラビア語では、各言語の文字体系に国際音声記号の吸着音字母を付加する方式を取っています。

今回は吸着音の字母における表記を取り上げます。
(R3/11/24更新)

両唇吸着音【ʘ】

1979年に国際音声記号に採用された字母で、'93年に字形がラテン化されました。
キリル文字にほぼ同型の字母である《Ꙩ・ꙩ》が見られます。

・ʘ】アフリカ言語学 - IPA採用当初はラテン文字ではなく記号の字形。
O\】X-SAMPA - 縦線は吸着音記号。
p!】キルシェンバウム - 両唇音を代表する《p》を使用。
ПЪ・пъ】ロシア
Пʼ・пʼ】ウクライナ、マケドニア
Ꮖ・Ꮗ・Ꮘ・Ꮙ・Ꮚ】チェロキー - ユニコードのCLDRではクヮ行音[kʷ]の字母を当てはめている。左から[ʘa, ʘe, ʘi, ʘo, ʘu]。
パ・ピ・プ・ペ・ポ】日本 - 三省堂『言語学大辞典⑴』で、コイサン語族の言語名[ǂhũa-ʘwani]のカタカナ表記で〈フア・プヮニ〉が見られる。
⠯⠏】点字 - 吸着音記号の後にDOTS-①②③④[p]《》を付加。

歯吸着音【ǀ】

1850年代のレプシウス文字における字母が由来です。
トップ画像に使用しているQuiviraフォントでは縦線記号《|》と区別するため、上下にセリフを付加してラテン文字であることを示しています。

/・ǀ】ナマ - 国際音声記号認定以前は斜体のスラッシュが多用された。
ʇ】(1989年まで)IPA - 大文字は《Ʇ》。
C・c】ズールー、コサ
TSK・tsk】英 - 英単語のしての“tsk”の読みはティスク[tɪsk]。
|\】X-SAMPA - 縦線は吸着音記号。
t!】キルシェンバウム - 歯音を代表する《t》を使用。
ЦЪ・цъ】ロシア
Цʼ・цʼ】ウクライナ、マケドニア
Ꮭ・Ꮮ・Ꮯ・Ꮰ・Ꮱ】チェロキー - ユニコードのCLDRではトラ行音[tɬ]の字母を当てはめている。左から[kǀa, kǀɛ, kǀi, kǀɔ, kǀu]。有声音は[ɡǀa]のみDLA》で表記。
ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ】日本 - 丸善出版『世界の文字事典』に見られる。ロシア語翻字と共通のツァ行で示される。ズールー語ラテン文字で〈GC・gc〉[ɡǀ]と表す有声音は《ズァ・ズィ・ズ・ズェ・ズォ》[ɡǀa, ɡǀi, ɡǀu, ɡǀɛ, ɡǀɔ]と表記。
ㅉ・찌】韓国 - 1952年式ハングル外国語表記法に見られる。
⠯⠹】点字 - 吸着音記号の後にDOTS-①④⑤⑥歯音記号[t̪]《》を付加。

歯茎側面吸着音【ǁ】

1850年代のレプシウス文字における字母が由来です。
Quiviraフォントでは平行記号《∥》と区別するため、上下にセリフを付加してラテン文字であることを示しています。

∥・ǁ】ナマ - 国際音声記号認定以前は斜体の平行記号が多用された。
ʖ】(1989年まで)IPA
X・x】ズールー、コサ
|\|\】X-SAMPA - 歯吸着音の連続で表記。
l!】キルシェンバウム - 側面音を代表する《l》を使用。
ЛЪ・лъ】ロシア
Лʼ・лʼ】ウクライナ、マケドニア
Ꮤ・Ꮦ・Ꮨ・Ꮩ・Ꮪ】チェロキー - ユニコードのCLDRではタ行音の字母を当てはめ、存在しない字母はダ行音の字母で補充している。左から[kǁa, kǁe, kǁi, kǁo, kǁu]。有声音はダ行の《Ꮣ・Ꮥ・Ꮧ・Ꮩ・Ꮪ》[ɡǁa, ɡǁɛ, ɡǁi, ɡǁɔ, ɡǁu]で表記。
カ・キ・ク・ケ・コ】日本 - 丸善出版『世界の文字事典』に見られる。
ㄲ・끄】韓国 - 1952年式外国語表記法に見られる。
⠯⠇】点字 - 吸着音記号の後にDOTS-①②③[l]《》を付加。

後部歯茎吸着音【ǃ】

1850年代のレプシウス文字における下点付き歯吸着音が由来です。
ユニコードでは〈そり舌吸着音〉と定義されています。
この字母は感嘆符《!》と同型であることから、ツイッターのハッシュタグでラテン小文字アイ《i》の代わりに使用される感嘆符を含む固有名詞(例: 日本の男性アイドルグループの“MǃLK”やアメリカの女性歌手“Pǃnk”さん)を示すために使用可能です。

ǃ】ナマ - 稀に斜体の感嘆符が使用されるが、ユニコードに感嘆符斜体は採用されていない。
ʗ】(1989年まで)IPA
Q・q】ズールー、コサ
!\】X-SAMPA - 国際音声記号の由来となった感嘆符で示す。
S!】キルシェンバウム - 後部歯茎摩擦音[ʃ]を示す《S》を使用。
КЪ・къ】ロシア
Кʼ・кʼ】ウクライナ、マケドニア
Ꭷ・Ꭸ・Ꭹ・Ꭺ・Ꭻ】チェロキー - ユニコードのCLDRではカとガ行音の字母を当てはめている。左から[kǃa, kǃɛ, kǃi, kǃɔ, kǃu]。有声音は[ɡǃa]のみGA》で表記。
カ・キ・ク・ケ・コ】日本 - 丸善出版『世界の文字事典』に見られる。
ㄱ・그】韓国 - 1952年式外国語表記法に見られる。
⠯⠞】点字 - 吸着音記号の後にDOTS-②③④⑤[t]《》を付加。

硬口蓋歯茎吸着音【ǂ】

19世紀のアフリカ言語学における字母が由来です。

≠・ǂ】ナマ - 国際音声記号認定以前は不等号記号が多用された。
】音声記号 - 20世紀後半の国際音声記号に合わせた字形で、三省堂『言語学大辞典⑴』で字形が確認可能。例示形は数学記号で、ユニコード14.0でラテン文字が採用。
Ç・ç】ジュホアン
TC・Tc・tc】ナロ
=\】X-SAMPA
c!】キルシェンバウム - 硬口蓋音を代表する《c》を使用。
ЧЪ・чъ】ロシア
Чʼ・чʼ】ウクライナ、マケドニア
Ꮭ・Ꮮ・Ꮯ・Ꮰ・Ꮱ】チェロキー - ユニコードのCLDRではトラ行音[tɬ]の字母を当てはめている。左から[kǂa, kǂɛ, kǂi, kǂɔ, kǂu]。有声音は[ɡǂa]のみDLA》で表記。
タ・ティ・トゥ・テ・ト ; ア・イ・ウ・エ・オ】日本 - 三省堂『言語学大辞典⑴』で、コイサン語族の言語名[ǂeikusi]のカタカナ表記で〈テイクシ〉が見られるが、原則的に吸着音の仮名文字表記は省略される方針から吸着音の字母の次が母音の場合は《》行となる (他の吸着音の場合も同様)。
⠯⠱】点字 - 吸着音記号の後にDOTS-①⑤⑥[ʃ]《⠱》を付加。

そり舌吸着音【‼】

拡張IPAの字母で、ユニコード14.0で別種のものであるレトロフレックスフック付き後部歯茎吸着音が採用されました。
ユニコードでは本来、後部歯茎吸着音《ǃ》が“RETROFLEX CLICK”として、そり舌吸着音の字母として採用したものと関連して、それを2つ組み合わせてそり舌吸着音を示す方式が近年見られます。
二重感嘆符はカラー絵文字対応で、VS16を加えてカラー絵文字化した《‼️》とVS15を加えて本来の記号に変化させた《‼︎》の2つがあります。

///・ǀǀǀ】アフリカ言語学 - 伝統的な表記は3重スラッシュ。