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常用漢字の二重基準導入~略字追放への道~

平成12年12/8に印刷標準字体が施行されてから20周年を迎え、今年10周年を迎えた改定常用漢字やそれ以前のJIS文字コード改定や人名用漢字大量採用などに大幅な影響を与えました。

人名用漢字や改定常用漢字、JIS X 0213の平成16年改正では康熙字典体に基づく正字尊重路線を導入し、その影響は多大なものになっております。
昭和53年のJIS C 6226からS56年の常用漢字から略字の歴史を振り返ります。
(※R3.12/11更新)

JIS漢字コードでの新字体

昭和53年1/1に施行されたJIS C 6226=JIS X 0208で採用された常用漢字の前身である“当用漢字”をもとにしたものを中心とした略字・俗字として採用された字は【, , , , (※正字は[兔]), , , , , , ; , , , , , , , , , [檔], [櫳], , , , [𮋹], , , , , , , , , , , , , , 】、教育漢字の教科書体に忠実な字形が採用されたものに【】、正字と共に略字・俗字が採用されたものに【[礙], [鉤]; [世], [虎], [事], [従⬅從], [価⬅價], [倅], [僭], [卒], [廈], [詠], [壊⬅壞], [埒], [学⬅學], [鶴], [爾], [紙], [棄], [彎], [悴], [懼], [懺], [控; 釦], [擡], [殲], [無], [曠], [栃], [傑], [櫨], [檳], [涙], [遡], [淵], [瀦], [煙], [豺], [貉], [貘], [貌], [瓔], [嘗], [甕], [留], [疇], [蓋], [稟], [箏], [籤], [纃], [纏], [羹], [膣], [艫], [薦], [菟], [襌], [解], [譖], [質], [贓], [走], [轟], [輛], [達], [鐸], [鑪], [鑽], [鬧], [鬨], [韻], [鰮], [鳧], [鷆], [麩], [鼠]】など、きばへんの当用漢字表外字用拡張新字体(※2種アリ)が取り入れられたものに【, , 穿, ; , 】、拡張新字体と康熙字典体のハイブリッド字形が採用されたものに【―とだれが拡張新字体の《戸》と康熙字典体の《羽》―, ―例示されたバージョンによっては1点しんにょうに康熙字典体の《䍃》―, ―とだれが拡張新字体の《戸》と正字の《犬》―, ―いりやねがひとやね《𠆢》に置き換わった正字《兪》―, [𡨚](※正字は《冤》)―点なしの《免》に変化―】、その他俗字・異体字が採用されたもので【[𥡴], , [𨻶], ; , , , , , 】などがありました。なお、さじのひ【匕】は当用漢字表での字形構成要素として採用されている正字ではなく、常用漢字採用以前の《靴》を初め《叱》などの当用漢字表外字にある正字に影響された[カ]という別字【𠤎】が採用されました。
JIS C 6226の原案では《𠮟, 叱》の略字で“⿰口匕”となっている【叱】(ユニコードではバージョン14.0のものはU+2B738, CJK互換漢字のものがU+2F83Aに配置されているが、互換漢字の字形は台湾の繁体字準拠)が候補に挙がっていました。

昭和58年にJIS X 0208:1983としてS56年の常用漢字制定・同年前後の人名用漢字追加に合わせて正字から常用漢字に合わせた略字に多数修正された字が続々登場したり、正字と略字のコードポイント配置修正が行われました。正字がのちのバージョンで復活したものに【[啞], [噓], [焰], [鷗], [嚙], [俠], [軀], [繫], [鹼], [麴], [屢], [繡], [蔣], [醬], [蟬], [搔], [瘦], [驒], [簞], [摑], [塡], [顚], [禱], [瀆], [囊], [潑], [醱], [頰], [麵], [萊], [蠟]; [攢]】、俗字が略字に修正されたものに【[蘆], [鬱], 】などがありました。正字に戻されたり、それに近い字形に修正されたものに【稽, 荊, 隙, 鴇; 冕】などがありました。

平成2年にJIS X 0208:1990で略字化されたものは【(※但し、国際的に正字扱いされている)】があり、正字に戻された字形に【均; 喩, 絳】などがありました。同年に制定されたJIS補助漢字で略字化された漢字のほとんどで、正字が別コードポイントで復活し、略字では【, , 】など、きばへん異体字では【牚】が採用されたのですが、原則的にほとんどが康熙字典体=正字として採用されました。

印刷標準字体の登場

JIS略字の登場以後、パソコンやワープロで本来の正字が出せなくなったことから文学界から正字への復古運動が起こり、平成11年に印刷標準字体の試案が発表されました。
許容される略字である“簡易慣用字体”の候補では【[淵], [檜], [㵎], [壺], [嚙], [讚], [曾], [濤], [禱], [禰], [籠]】などがありました。

平成12年に印刷標準字体が制定され、いわゆる康熙字典体に基づく正字ではなく拡張新字体が採用されたものは【[㵎], , , [栅], , [讚]】など、簡易慣用字体は【[啞], [穎], [鷗], [攪], [麴], [鹼], [嚙], [繡], [蔣], [醬], [曾], [搔], [痩], [竈], [禱], [屛], [幷], [枡], [麵], [濾](※中国語では[滬]の簡体字且つJIS第1・第2水準未採用), [蘆], [蠟], [彎]】(水道工事業などで計量器具のマスである《枡》とは“別字”として排水溝などのマスを示す字として扱われている【】含む)とわずかなものが認められ、しめすへん《示➡》・しょくへん《𩙿➡》(例えば、ヘンが康熙字典体でツクリが拡張新字体となっている【[餠]】などに適用)・しんにょう《⻍➡[ (※手書き書体及び教科書体)]》の“3部首許容”も適用されることになりました。しかし、とだれ《戶➡》・つめかんむり《⺥➡》など他の部首は許容されない結果となりました。

印刷標準書体制定後の人名用漢字

印刷標準字体制定後、人名用漢字でもそれに準拠した暗黙のルールが設定されました。大量導入以前の平成16年2/23に【】が採用され、従来のルールでは新字体が親字となるはずが、旧字体の《曾》が印刷標準字体として辞書などで正字扱いされる“立場逆転”が起こりました。

同年6月の人名用漢字の大量追加候補では印刷標準字体が候補に挙げられている字が大半を占め、略字は【[檜], [俠], , , , , 】、印刷標準字体のデザイン差異体字では【】―正字は《𠮟》[シツ]で、デザイン差異体字は本来は[カ]という字だが、日本以外の国・地域で《𠮟》の正字扱いされているもの―が候補に挙がっていました。

同年9/27に公布された改正人名用漢字では、略字は既に印刷標準字体に認可されている【】を初め、旧字体と共に採用された【, 】、簡易慣用字体のみ採用されたものに【】、従来のルールに沿って正字から拡張新字体に修正された【】、部首が康熙字典体でツクリが拡張新字体となっている【, 】が追加されました。
一方、人名用漢字追加候補だった【】はJIS第3水準にある正字《俠》に差し替えられ、印刷標準字体と対になる簡易慣用字体は例外的に人名用漢字として認められない想定外な結果となり、JIS第3水準にある正字=康熙字典体のみが導入されました。
印刷標準字体制定以前の朝日新聞出版の雑誌『AERA』では、坂村健さんによる漢字の略字問題の記事で“鷗”が書けなくなる問題で、略字の“”と誤植されたことがありましたが、人名用漢字では事実上【鴎】が名付けに使用できなくなったことから、誤植が事実上の予言となったケースとなりました。

人名用漢字及び改正常用漢字を使用した命名では、新規追加された字形における印刷標準字体の3部首許容が事実上無視されたことから、しんにょうが4画, しめすへんが5画―という風に康熙字典体の筆順に基づくこととなり、画数判断による名付けも大幅に変化しました。

【芦】以外の簡易慣用字体が事実上人名用漢字の対象外となったことから、《禱》の【】は平成21年4/30に認可、《瘦》の【】はH22年11/30の常用漢字改訂施行日に認可―とそれぞれ人名に使用できる漢字として認められるまで長い月日がかかりました。

人名用漢字候補だったJIS第1水準にある本来は[カ]と読む字である【叱】が仮に人名用漢字に認定されていたら、ユニコードではCJK漢字拡張-Bに配置されていて携帯電話などで表示が困難な《𠮟》ではなく叱が〈シツ・しか-る〉を示す正式な常用漢字として採用されていたように思われます。

JIS文字コードでの略字追放

平成12年に制定されたJIS X 0213でJIS第3・第4水準が導入され、昭和58年に略字化された字種の正字を復活させたり、新規略字をJIS第3・第4水準に配置したり、補助漢字では略字となっている【濹】を康熙字典体に戻すなど既存漢字の略字化阻止の動きが目立ちました。
JIS第3・第4水準に配置された略字では【[貌], [欅], [濾; 滬], [潟; 瀉], 𥧄[竈]; [襄], [嘔], [嘯], 𡋗[𡑭], 𦰩, 庿[廟], [憚], 𢡛[懣], 𢮦[撿], 𢭐[撈], [欒]】などがあり、特に同時期に制定された印刷標準字体に対応する略字となるものは第4水準に配置されました。

平成16年に制定されたJIS X 0213:2004では印刷標準字体準拠の改正が行われ、昭和58年に略字化された字種の大半が正字に修正され、その数年後にウィンドゥズビスタなどで印刷標準字体基準のフォント・メイリオが導入されたことからJIS04改対応フォントが主流となりました。
パソコンにおける各社の基本フォントにおける印刷標準字体の3部首許容は事実上無視されたことから“学参フォント”などの教育用フォントや教科書体、手描き風フォントなどを除いて従来のJIS略字を基本字形として採用したフォントが商用・フリー双方のフォントで大幅に激減したり、特に苗字などで使用量の多い【】がIVS対応でないと“1点しんにょう”の字形で表示できないことから外字フォントに頼らなければならない状況となりました。
JIS X 0213改正で《俱, 剝, 吞, 噓, 姸, 屛, 幷, 瘦, 繫; 𠮟》と略字・俗字【倶, 剥, 呑, 嘘, 妍, 屏, 并, 痩, 繋; 叱】と対になる印刷標準字体が採用されたことで、同年の人名用漢字改正やのちの常用漢字改正に完全対応できるようになり、日本語漢字の印刷規範からの略字追放促進に大きな一歩へ進みました。
一方、印刷標準字体対応の対象外となった【, , , , 】などはJIS X 0213改正後も略字のままとなりました。

ユニコードのCJK互換漢字に配置されている常用漢字・人名用漢字の旧字体を韓国の文字コード・KS X 1001における韓国語の発音区別のための異音同型字と共通の字形として採用するなど旧字体問題を解決し、アドビジャパンの外字グリフに対応させる互換方式で、当時のユニコードの日本語漢字標準だった【漣, 煉, 溺】の略字と対になる正字【漣, 煉, 溺】を韓国語用異音同型字―CJK統合漢字では語中音〈前2者は련[ɾʲɔŋ リョン], 後者は닉[nik ニク]〉、CJK互換漢字では語頭音〈前2者は연[jɔŋ ヨン], 後者は익[ik イク]〉―と共用したことで、JIS X 0213改正までは略字と正字の使い分けができる配慮がなされました。しかし、改正からしばらくしてからユニコードの日本語例示字形が略字から正字に修正されてからは字形が重複することとなりました。

常用漢字に二重基準導入

平成20年5/12に常用漢字第1次字種候補素案が漢字小委員会から発表され、対象となっている字形の大半は《噓, 曾, 摑, 醬》など印刷標準字体となっていたり、《闇》が新旧両字体で重複していることから、従来の常用漢字と異なるものとなりました。H21年10/23に最終候補が発表されたときは大量採用以前に人名用漢字に採用された【, , , 】などや簡易慣用字体【, 】が従来通りの形式で採用されました。
JIS第3水準にある印刷標準字体の《剝, 𠮟, 塡, 頰》が最終候補に挙がった問題点があったにも関わらず、H22年6/7の答申と同年11/30の改定常用漢字表公布でそのまま採用されたことで大きな転換点のひとつとなりました。
2点しんにょうで導入された【, , 】及び康熙字典体のしょくへんで導入された【】及び康熙字典体と拡張新字体の組み合わせとなった【[餠]】の方は印刷でも1点しんにょうが許容されることになったことに対し、ネット上で大きな影響を及ぼす《剝, 𠮟, 塡, 頰》が通過されたことで結局採用されなかった【, , , 】と明暗を分ける形となりました。

令和2年の教育漢字改正の本格導入で小学4年生で習うこととなった【】が印刷標準字体の字形と教科書体の字形とで大幅に異なることとなり、教科書体でも印刷標準字体のものが見られるようになっております。

改訂常用漢字及び人名用漢字の二重基準導入以降

印刷標準字体における二重基準が導入されたことで、ネット上ではJIS第3水準=ユニコードに対応していないと表示できない《剝, 𠮟, 塡, 頰》に対して、解釈付きの伏せ字が導入されるネットニュースや〈俱知安➡倶知安〉の【】の略字に対する元の字が不明な完全な解釈付き伏せ字が見られるようになったことで、ニュース配信元の略字に対するタブーが顕著化したり、印刷標準書体制定以前の略字である“朝日文字”を生み出してきた反省により、朝日新聞社のネットニュースではユニコード対応でJIS第3・第4水準の正字表示を導入するなどネット上で大きな動きを見せていて、印刷標準書体のデザイン差の手書きの許容が見られても誤答にされる問題も多くなってきていることから印刷業界以外での混乱が目立っている状況です。
近年はアニメ『鬼滅の刃』ブームの影響で【】の略字が多数印刷上で見られるようになった一方で、JIS文字コードから略字が完全追放され、IVS合成でないと本来の字形が表示できない問題点が目立ってきています。問題解消のためにユニコードで〈⿰火東〉の略字を別扱いとして採用を認める方法しかないのですが、IVS導入後は他の言語での別字としての用例が判明できない限り採用が困難になっています。

しんにょうの扱いは朝日文字廃止後も朝日新聞社が【】に限り1点しんにょうを認可したり、読売新聞社が3部首許容を反映したフォントを使用したりしているのですが、ネット上ではIVS合成による切り替えが難解であることからテキスト面では事実上表外漢字及び印刷標準字体に指定された常用漢字・人名用漢字のしんにょう等の略字がほぼほぼ駆逐されたと思われます。

奈良県葛城市は印刷標準字体制定以前に略字の【】を市名に採用したものの、常用漢字が康熙字典体のみ認可された想定外な結果からネット上での表記が困難となってしまいました。このことから印刷標準字体ならびに改正常用漢字は事実上の“葛の字保護法”となったと思われます。