見出し画像

サンスクリット語における外来語表記用の母音字

1969年にインドで施行された例年8月ごろの記念日である世界サンスクリット語の日は、2023年は8月31日(※一部地域では8月30日)、ʼ24年は8月19日となっています。

サンスクリット語版『ウィキペディア』では、サンスクリット語に本来存在しないデーヴァナーガリー字母が使用されているページが見られ、特にヌクタ記号付き子音字が取り入れられていますが、稀にヒンディー語由来の拡張母音字も見られます。
デーヴァナーガリーの他にIAST式ローマ字にも拡張文字が取り入れられています。

インド系文字サイト『アクシャラムカ』に拡張母音字が紹介されています。

https://aksharamukha.appspot.com/roman

アクシャラムカを参考に、拡張デーヴァナーガリー文字に対応する文字体系の字母も取り上げます。
母音記号の配置説明ではジャワ文字HA》が固有語ではア行音になることにちなんで、HA》系統の子音字を土台としています。
本来の各種インド系文字に存在しない推測表記はアステリスク*》を字母名の前に付加しています。


サンスクリット語の拡張母音字について

サンスクリット語の文字であるデーヴァナーガリー文字では1966年にインドの主要言語を完全に表記できるように母音字が多数追加された拡張デーヴァナーガリー文字から導入され、ラテン文字もインド諸言語共通ラテン文字として作成されたIAST式ローマ字に拡張ラテン文字が追加されています。
南インドのタミルナードゥ州及びケララ州におけるサンスクリット語の文字であるグランタ文字では該当表記が存在しない字母が多く、タミル文字において短母音字《எ・ஒ》と長母音字《ஏ・ஓ》が作成される以前に用いられたプッリ付きEஎ்》[エ]とプッリ付きOஒ்》[オ]からの推測表記からジャイナ教アヌスヴァーラ𑌅𑌀》付き字母で示しています。
南インドのサンスクリット語を表記する文字のひとつであるナンディナーガリー文字ではプリーシュタマートラーE𑦠𑧤》がチャンドラ記号及び短母音記号に対応する母音記号と推測されます (デーヴァナーガリー文字にもプリーシュタマートラーEとの合成によるEअॎ・हॎ》とOआॎ・हॎा》の表記が存在)。ナンディナーガリー文字のものは表記案のため、全て推測表記となっています。
チャンドラ記号は仏教梵語の文字である悉曇文字にも“半月点”として存在し、日本の悉曇解説書籍に取り上げられていますが、ユニコード未登録の状態です。

チャンドラE【ऍ・हॅ / Æ・æ / 𑌅𑌀・𑌹𑌀 / 𑦠𑧤𑧚・𑧎𑧤𑧚】

英語の短音アA・a》[æ アェ]を表す字母で、英語由来の発音に稀に用いられます。本来のサンスクリット語では二重母音AIऐ・है / AI・Ai・ai / 𑌐・𑌹𑍈》[aɪ アイ]に置き換えられます。
ヒンディー語ではチャンドラ付きE》が母体で、マラーティー語ではチャンドラ付きA》が母体と異なりますが、母音記号は両言語共に共通のチャンドラです。
IAST式ラテン文字ではデンマーク語・ノルウェー語・アイスランド語のリガチャAEÆ・æ》を用い、古英語の《Æ・æ》の字母名であるアッシュにおけるサンスクリット語の推測表記は〈ऍश् / Æś / 𑌅𑌀𑌶𑍍 ➡ ऐश् / Aiś / 𑌐𑌶𑍍〉[aɪɕ アイシュ]となります。

  • অ্যা・হ্যা】ベンガル文字ジョフォラ付きAA - ベンガル語本来の表記。但しアクシャラムカ方式ではアポストロフ付きEএʼ・হেʼ》となる。

  • ઍ・હૅ】グジャラート文字チャンドラE

  • 𑒁𑒺・𑒯𑒺】*ティルフータ文字ショートE - 母音のみの表記は、ユニコードに正式な母音字が採用されていないため不明だが、アクシャラムカ方式ではショートA𑒁𑒺》となる。

  • ଅୖ・ହୖ】*オリヤー文字AIレングスマーク

  • எ்・ஹெ்】*タミル文字プッリ付きE

  • అౖ・హౖ】*テルグ文字AIレングスマーク

  • ಅೖ・ಹೖ】*カンナダ文字AIレングスマーク

  • അഀ・ഹഀ】*マラヤラム文字上付きアヌスヴァーラ

  • 】シンハラ文字AE

  • အဲ့】ビルマ文字アウカミッ付きAI

  • ဢႅ】シャン文字オープンEアバブ

  • អែ】クメール文字AE

  • แอะ / แอ็◌】タイ文字サーラーA付きAE=マイ・タイクー付きAE

  • ແອະ / ແອັ◌】ラオ文字サーラーA付きEI=マイ・カン付きEI

チャンドラO【ऑ・हॉ / Ô・ô / 𑌆𑌀・𑌹𑌾𑌀 / 𑦬𑧤・𑧎𑧤𑧜】

英語の短音オO・o》[ɒ オァ/ɑ ア/ɔ アォ]に由来する借用語を表すための字母で、英語由来の外来語に用いられる場合があり、本来のサンスクリット語ではAAआ・हा / Ā・ā / 𑌆・𑌹𑌾》[ɑː アー]に置き換えられます。
ネパール語ナーガリー文字A》やベンガル文字A》, オリヤー文字A》, クメール文字QA》, タイ文字O ANG》, ラオ文字O》はチャンドラOに対応する字母となっています。
グランタ文字表記ではタミル文字の母音字AA》[äː アー]における18世紀の表記であるプッリ付きAஅ்》からの推測で、ジャイナ教アヌスヴァーラ付きAA𑌆𑌀》で例示しています。
英語“Royal”[ˈɹɔɪ.əl ロイヤル]に由来するサンスクリット語の外来語表記は〈रॉयल् / Rôyal / 𑌰𑌾𑌀𑌯𑌲𑍍 ➡ रायल् / Rāyal / 𑌰𑌾𑌯𑌲𑍍〉[rɑː.jəlラーヤル]となります。

  • আʼ・হোʼ】ベンガル文字アポストロフ付きAA - アクシャラムカの翻字方式。アッサム文字アポストロフ付きAঅʼ・হʼ》[o オ]は日本語の仮名文字Oお・オ》に対応する場合が多い。

  • ઑ・હૉ】グジャラート文字チャンドラO

  • 𑒁𑒽・𑒯𑒽】ティルフータ文字ショートO - 母音のみの表記は、ユニコードに正式な母音字が採用されていないため不明だが、アクシャラムカ方式ではショートAA𑒁𑒽》となる。

  • ଅୗ・ହୗ】*オリヤー文字AUレングスマーク

  • ஆ்・அௗ】*タミル文字プッリ付きAA/AUレングスマーク

  • అౕ・హౕ】*テルグ文字レングスマーク - テルグ語の短音A[ア]を示すタラカットゥから置き換わることを想定。

  • ಅೕ・ಹೕ】*カンナダ文字レングスマーク

  • അൌ・ഹൌ】*マラヤラム文字AU - 現行正書法ではAU》に対応する母音記号は本来のAUഹൌ〉からAUレングスマークഹൗ》に簡略化されているため、再利用でヒンディー語チャンドラO》の発音を示す。

  • អអ់・ហអ់】*クメール文字BANTOC - 英語でおまわりさん《👮》の意の“Cop”[kɒp コップ/kɑp カップ]の拡張サンスクリット翻字〈कॉप् ➡ កប់〉[kɑːp カープ]のようにバントッチ記号が上部に付く末子音字が変化し、短音のみを示す場合は推測表記としてバントッチ付きQA◌អ់》を用いる(クメール語本来の表記ではバントッチ付きKA《◌ក់》)。

  • เอาะ , เหาะ / ออ็◌ , หอ็◌】タイ文字マイ・タイクー付きO

  • ເອາະ , ເຫາະ / ອອັ◌ , ຫອັ◌】ラオ文字マイ・カン付きO

ショートE【ऎ・हॆ / Ĕ・ĕ / 𑌏𑌀・𑌹𑍇𑌀 / 𑦠𑧤・𑧎𑧤】

南インド諸言語由来の固有名詞を示す場合に用いられます。
20世紀中頃にヒンディー語の文字改革で導入が検討されたり、マラーティー語で一時期使用されていた、デーヴァナーガリー文字A》を土台に《अि・अी・अु・अू・अृ・अॄ・अॢ・अॣ・अै》という風にタイ文字やラオ文字のように母音記号を付加して母音字とする方式ではショートA》がその対応拡張字形となっています。

  • 𑒋𑒺・𑒯𑒺】ティルフータ文字ショートE - 母音のみの表記は、ユニコードに正式な母音字が採用されていないため不明で、アクシャラムカ方式ではショートA𑒁𑒺》となる。

ショートO【ऒ・हॊ / Ŏ・ŏ / 𑌓𑌀・𑌹𑍋𑌀 / 𑦡𑧤・𑧎𑧤𑧑】

同じく南インド諸言語由来の固有名詞を示す場合に用いられます。
ビハール語でもショートEと共に使用される母音記号ですが、対になるカイティー文字の母音字及び母音記号はユニコードに登録されていません。

  • 𑒍𑒽・𑒯𑒽】ティルフータ文字ショートO - 母音のみの表記は、ユニコードに正式な母音字が採用されていないため不明で、アクシャラムカ方式ではショートAA𑒁𑒽》となる。