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おんなひとり(1251字)

夜の20時過ぎ。
疲れた夜は何もしたくない。
仕事で疲れたならもう少し堂々と入れるが、サイクリング帰りなので、外食も少し気が引ける。レストランとはいえファミリーレストランなのだから、そんなに真剣になることはないのだけれど、あまり懐が潤っているわけでなく、自分の懐に対して心苦しい。
「おひとり様ですか?、お好きな席にどうぞ」
3つ並んでいる2人席に座る。
ビールとピザを頼んで、iPadを開く。
おっさんひとりでファミレス。
救いようがない絵。
だからひとりの時は背筋を伸ばしてピシッとしていなければ。

左の席に若い女性がひとりで座った。
上下クリーム色のスーツで少し肩が張っている。
絵に描いたような保険の外交員である。
ひとりなら壁を背にすると思うが、彼女は壁に向かった。
これは、Leave me aloneの意思表示か。
世間から自分を切り離したい、話しかけられたくない、顔を見られたくない、総合してLeave me aloneである。
彼女の少し疲れた姿、時間など思うと、足が棒かも知れない。
店員は横顔しか見えないお客の注文をとって去っていく。
彼女はクリアファイルを取り出して何事かを見ている。
唇が軽く動く。


くたびれたなあ。
男ってのは、いつまでたって、変わらない。
今時枕営業なんかするかよ。馬鹿にするんじゃねえよ。
いろいろ注文するから、こっちも親身にプレゼンしてるのに、「あのね、おねえさんきれいだよね」だと。ブチギレたわ!
小一時間説明して、答えはそれか?
説明する前に言えって!
誰がやらせるか!っていちいち怒っててもしょうがないよなあ。
かと言って、自転車保険なんて売り上げにもならないよ。
あーあ。
隣のおっちゃん、うまそうにビール飲んでるなあ。
わたしも飲んでやろうかな、イライラおさまらん。
けど、母ちゃんとはなが帰り待ってるだろうし、車置いていくわけにいかないし、車中泊もありえない。
我慢だな。
それにしても後ろのガキども、夜遅くまでうるさいなー、さっさとうちに帰れよ。
最近、心荒んでるなあ、わたし。
誰の顔見たくない気分。
注文するのために店員の話すのもイヤ。
はなと一緒に実家に帰りたいよ。
気がつくと、指でコンコンと机を叩いていた。
イライラ度が高いほど、スピードが速くなるのがわたし流。

たらこパスタをたべ終わり、やっぱり机を叩いていたわたし。
隣のおっさんが声をかけてきた。
「あの〜」
「は?」
(わたし、誰とも話したくないんだけど!話しかけないでくれる!?)
「プリン・ア・ラ・モード、どうぞ」
「は?」
「店員が注文ダブらせたみたいで。お嫌いじゃなかったら」
「はあ」突然のことで返事もしないうちに、おっさんはそれを置いて、お先にと帰って行った。
は?!突然何?
ナンパかと思って、眉間に皺が寄っちまったのに、プリン...ですか。
おっさん、机のコツコツを聞いていたのかな。
気がついたのかな?
ありがとう。
長い髪でよかった。壁に向かって座ってよかった。
涙を見られるところだった。
少し気持ちが楽になったよ。
誰だか知らないけれど、ありがとうおっさん。

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