線香花火

「蚊取り線香つけなさいよ、蚊に食われるよ」
言われなくてもわかってるよ、母ちゃん!今やるところだよと言いかけてやめた。
かなの横顔がとてもかわいかったから。
かなは近所に住むおさななじみ。
花火をしに兄弟を連れてうちに来た。
花火をやりたいといい出したのは彼女だ。

「おばさーん、こんばんはぁ!きたよ〜!」
声を聞くとなんだか少しドキドキする。
近所に住んでいると言う関係でしかないけれど、お互いもう子供じゃないからな。
女の子を意識するのは当然!
「こうじ!かなちゃん、来てるぞ!」
「聞こえとるっちゅうねん!」
縁側に出てみると、早くも花火のパッケージを破って、地べたに並べている。
「やや、こうじ!こんばんばだよ〜ん」
「うん」
「ねーちゃんねーちゃん!おれこの大きいの、やりたい!」
「それ、おれんだぞ!おれがうちから持ってきたんだからな!」
「幼稚園はそんなの危ないから、これにしな!」と線香花火をバラして持たせる。
「大きいのは誰がやるの?!こいつ!???」指を差しやがった、このガキ!
「これな、ドーンって言うから危ないんだよ。やってみるから見てろ。すごい音するからな!」
息を呑飲む子供たちは静かになった。

ドラゴンが2〜3個あるだけで、あとは手持ちできる花火ばかり。
しゃーーーっと、花火を噴き出すやつ。
子供達はきゃっきゃっと喜んでいる。

「子どもら!スイカ切ったから食べな〜!」
母ちゃんの大きな声。
「食べんのか」
「うん、食べるよー」
「なんか目がうつろだぞ」
「花火見てたらさあ、ミリンダを飲んだみたいにさ、胸の中が涼しくなってさ。線香花火なのに、一生懸命見ちゃった。じっと見てるとさー、大きな玉を作ろうとしてるのが健気に見えたの。パチパチって言う小さい音も夏らしいかなって」
「そうかあ。大人みたいなこと言うのなー」
「中学生って大人じゃないの?」
「違うだろ〜。電車も半額だぞ」
笑って見せた。
かなも少しほおを崩した。

「夏好きだわ、わたし」
「そっか。おれは嫌いだな。暑いから1日に何度も水かぶってんだよ」
「でも花火はいいよねー。夏だよねー。なんかワクワクしない?」
「しない」
「ちぇっ」
小さな声で言って、視線はまた花火に。

ちりちりちりちり
ころころころころ〜

「あれ、コオロギかな」
「そだねー。夏ももう終わるのかな」
「夏休みは終わるけれど、まだ暑いよー」
「そっかあ」
チリチリチリチリ
花火の音はつづく。
何本火をつけたんだろうか。
10分くらいはしゃがんでいる。

子供達はスイカを食ったことで、花火から意識が離れたようだ。
家に上がってテレビを見てる。
「あんたも好きねえ」
ドリフかよ。
線香花火だけたくさん入ってんなー。
まだ3縛りはあるじゃん。
「スイカ食べてきたら」
うん、と生返事をしながら花火の玉を見る。

ぶら下げた線香花火ががんばる。
玉が上に登りながらふくれてゆく
「わ、一番じゃん!あっ!」
落ちた。
火花を出すことなく落ちた。

かなといっしょにいたいって初めて思った。
火がついたのは線香花火だけじゃなかったみたいだ。

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