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雨に踊る

あめのなか。
踊り出したい衝動に襲われた。
傘をクルクルとまわしてみる。
「傘が壊れるでしょ!」
心の奥底で、母が言う。

「I'm singing in the rain!」
ジーン・ケリーが叫ぶ。
傘を上に回し投げてみた。
ジーン・ケリーがそうしたように。

電柱につかまってクルッと2回転。
ジーン・ケリーがそうしたように。

彼と別れてもう2週間になる。
2年付き合って、心のどこかで家族になりつつあったけれど、他方否定していたわたしがいた。
彼は空気でもあったが、酸素成分が次第に窒素に変わっていった。
他人が現実に家族になることへの恐れなのか、彼の優しさが怖かったのか。
今となってはそれはどうでもいいことで、事実のみが目の前にある。
特に後悔もない、未練もそれほど大きくはない。
けれどわたしは引きずっている。
別れたことよりも、いまだに断ち切れない自分にいらだちを感じて、暴れたくなる。

心理学者に言わせると、暗い気分の時は暗い曲を聞くと精神の均衡が取れると言うが、到底そんな気分にはなれない。
わたしの中で、「前を向け!止まるな!」と声高に誰かが叫ぶ。
わたしはその声の大きさに圧倒されて、目を背けることすらできずにいる。
わたしは強くない。
戦う自分に勝てない。
だから雨の中踊っている。
体を動かしているときは、何も考えずに済む
手足の動きの一つ一つだけでなく、足の指先まで意識している。
全てがわたしなのだ。


ジーン・ケリーのダンスは始まりだった。
心の躍動感を体で表現した。
みている方もワクワクする。
しかし人とは複雑なものだ。
躍動感だけでなく、沈んだ気持ちも表現できる。
雨中でいることが、わたしに二つの救いを与えてくれる。
ひとつは冷たい水滴がわたしの燃え立つ体を鎮めてくれる事。
もうひとつは、涙も声もかき消してくれる事。

わたしはいつまで雨の中で踊ればいいの?
早く踏み出したい。


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