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やさしいお医者さん(747字)

「あんた、インスタントラーメンの汁は飲んじゃう人?」
「はい、だいたい飲みます」
「そっかあ。少しやめた方がいいよ。減らした方がいいに。少し血圧が高いから」

ハタチくらいの頃、近所の保健所で献血した。
採血の問診の中でわざわざ血圧が高めと言ってくれたのは、お医者さんの親切心に間違いないが、ぼくは不満そうな顔してたか、例によって大人をコバカにしたような表情してたのかもしれない。
そんな気持ちはさらさらなかったけれど、普段からそう言う顔をしていたのだろうと思う。

「インスタントラーメンを食べるのはいいけど、スープを飲むのは控えよう。塩分が多いから良くないんだよ。飲んだらいかんのじゃなく、可能な範囲で減らせばいいよ」

なんと親切なお医者さんなんだろう!
何度も献血しているけれど、採血以外の問題に触れた人はこの人だけ。
「はあ」と生返事した記憶がある。

「このままだとね、高血圧になって死んじゃうかもしれんからね」

確かにそこまで言われた。
生意気なガキの表情も少しは変わっただろうか。

この時の数値は72/120くらい。
確かにハタチでこの数値は高め傾向かもしれない。
この青年、医者の言うことを40年抱え込んでいたけれど、ほとんど守らなかった。

あれからほぼ40年。
現在の血圧数値は平均すると85/135。
幸いにして生きている。
そして還暦の今、誰も「血圧が高い」などとは言わない。
「中性脂肪だけが...」
青年には火の粉が降りかかってきている。
でも彼の生活は変わってない。
やっぱり大人をコバカにしたような顔をしてるんだろう。
けれど親切で言ってくれている人にそんな顔は失礼だと心得ている。
せめて愛想笑いを作っておこう。
少し大人になった。

嫌味ではなく、素直な気持ちであのお医者さんに会いたいが、もう彼岸でしか会えないだろうな。

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