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不定期特集 岸田繁の「電車の花道」第4回:岸田繁が最も愛する名車①

都会では当たり前の「地下鉄」。くるりの名曲にもありますよね。

そのくるりの曲の一節に、「地下鉄は走る地上に出るために」という歌詞があります。

地下鉄とは言っても、多くの路線は都心部の地下区間から郊外に向かって路線が伸びており、時折地上や高架に顔を出します。ちなみに東京の渋谷は都心ですが、「谷」なのでメトロ銀座線が地上に姿を見せますよね。

郊外に足を伸ばした地下鉄は、そのまま他の私鉄やJRなど、他の鉄道に乗り入れるケースもあります。東京は殆どの地下鉄路線がそのパターンですし、名古屋や福岡、京都なんかも他社線の線路を地下鉄車両が走り抜けます。

歴史ある大阪市の地下鉄(現在の大阪メトロ)は、市営モンロー主義と呼ばれる政治的な思想により、市営交通である地下鉄以外の鉄道を都心部に建設させなかったこともあり、郊外鉄道乗り入れには消極的であった時代が長かったのですが、1970年大阪万博で必要とされる大量輸送をきっかけに、現在のメトロ堺筋線を阪急京都線に接続、相互乗り入れさせる計画を立ち上げました。

万博輸送を支えるために、阪急は短期間で大量の新型車両を増備することにしました。

新型車両は3300系を名乗り、1967年からたったの2年間で120両もの車両が製造されました(その後の増備で全126両の陣容になりました)。

阪急電車は、一見同じようなデザインの車両が多いですが、マニアは細かい差異に夢中になります。

地下鉄乗り入れ用に作られた車両ということで、様々な基準(防災やトンネル出入り口においての登坂性能、地下運転における大阪市側との融通など)を満たさねばならず、他の車両とは寸法や基本性能が少し異なります。

寸法の話をすると、車幅が100ミリ長く、車長が100ミリ短いものになりました。100ミリ、というと10センチですから、大した差異ではないのですが、2300系などと比較すると若干丸顔というか、横に広がった顔に見えます。

他には、車内外材に強化プラスチックなどの燃えにくい素材を使ったり、地下鉄乗り入れ用に電照式の行先表示幕を導入したり、乗り心地向上のためにエアサス(台車の空気バネ)などの新技術を地味に取り入れています。

一般的に電車は、例えば6両編成なら6両全部が動力車(モーター付き)であることは稀です。

3300系の前のモデル、2300系の場合1両の動力車(以下電動車と呼びます)に対し、1両のトレーラー(以下付随車と呼びます)が基準であり、電動車に搭載している150kwのモーター4台で、モーターの付いていない付随車を含めた2両分を動かします。

3300系の場合、地下トンネル内で車両が故障した時の想定や、トンネル出入口付近の勾配を登坂するための加速力などを向上させるために、編成内の電動車比率を上げ、代わりにモーター1台あたりの出力を130kwに控えました。

8両編成の場合、6両がモーター付きの電動車だということもあり、何も考えず乗車した際に電動車に乗ることができる確率が高いわけです。

3300系はモーター音が非常に特徴的で、幼い頃の私は丸っこい顔と相まってこの車両が大好きになりました。

ここ30年ほど前から製造されている電車はVVVFというインバータ制御(エアコンなどと同じ)が一般的になり、交流電源によるACブラシレスモーターによって走行しますが、3300系の時代はまだ、可変抵抗器によって直流モーターを速度制御するアナログな方式が一般的でした。

直流モーターにも多くの種類がありますが、3300系のモーターはかなり大きな駆動音をたてるのが特徴的です。

一般的に「電車のモーター音」は、電気が流れることによる「励磁音」と、歯車の回転によって生じる「機械音」、そして、モーター内部に付いている冷却ファンの「回転音」などが混じり合うことで生じます。

一般的なVVVFによるACモーターの車両の場合、周波数パルスの変調によってデジタルノイズが生じ、京急の「ドレミファインバータ」よろしく、モーターの回転とは厳密に関係のない音が鳴りますが、3300系のような直流モーターの車両は、いわゆる「機械」の自然な音がします。

直流モーターには「整流子」、つまりブラシが回転軸に直接触れて擦れるので、その音も同時に聴こえます。

様々な機械音が、モーターの回転と同時に鳴るので、「ウィーン」という音は一本調子の音ではなく、複雑な和音になります。

電車のモーターを設計している人たちは音楽家ではありませんので、和音のことなど考えてもいないと思います(低騒音化したい、とは考えていると思います。あるいはドレミファインバータを開発した人はすごいです)。

阪急3300系は、起動時に特徴的なモーターの唸りを聴くことが出来ますが、他の電車ではあまり聴くことのない「増五度(厳密には「短六度」)の和音が急速にポルタメントしながら上昇していきます。

増五度は和声学と言うかコード理論で言うところの「オーギュメントコード」、あるいは「全音階(ホールトーン)」的なイメージが強いですが、意図的に作られた音楽の世界とは違い、ポルタメントしながら上昇していく和音は、独特の感情や情景をイメージさせる響きになります。

これは私の主観ですが、直流モーター車でよく聴くことのできる和音は、短三度、長三度、完全四度、完全五度あたりです。音楽と似ていますよね。不思議です。

ギア比の小さい特急型車両なんかでは、短二度や長二度音程のものもあります。

起動時に増五度以上の和音を聴くことができる電車のモーターは、私の記憶では名鉄6000系と東武9000系、東急旧7000系、鬼籍に入りましたが伊予鉄道300型と京急旧1000形(三菱モーター車)くらいでしょうか。海外を探せばもっとあるかも知れません。

全盛期には126両あった阪急3300系も世代交代により数を減らし、50両ほどが残るのみとなった

増五度の和音というのは、扱いづらいものであると同時に「交わらない」、「帰結しない」、みたいな、不協和音のイメージがあります。

短六度、ということで考えると、イメージ変わってきます。

例えばCとA♭を、Cのキーで考えると響きが不思議です。同じ和音をA♭のキーで考えると、なんかしっくりきます。

そんな「モノは取りよう」な和音を鳴らす3300系のモーターの小悪魔っぷりと言いますか、気分的/感情的にインスピレーションを掻き立てる要因に、クソガキだった私は一気に持っていかれたんだと今気づきました。

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