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強めの幻覚:最後の午餐

注意


・シン・仮面ライダーを観て一文字隼人くんが大変良かったので、パッションで書いた小説です。
・自分の映画感想ベースでのお話となり、殆どが幻覚です。
・この小説を世に放つ時、私は過去作の履修を始めるでしょう。
・悲恋

「オレはエスプレッソ、……あとこいつはマキアート。デザートは……季節のでいいよな?」
「あ、はい……」

メニューを片手で閉じて、定員に手渡す。お辞儀をしてから立ち去っていくウエイトレスの背中が厨房に入っていくのを見ると私の眼の前で一文字 隼人は厚手のコートを脱ぎもせず足を組み替えた。
その姿は一年前と何一つ変わってない。
私は髪が少しだけ伸びて、染め直した。去年まで使っていたコートは捨てて新しいワンピースに袖を通し、春物の化粧品の香りがしている。その間も、一文字くんは私と他愛のない話しながら花壇を眺めていた。

「連絡急にきて、びっくりした。一文字くんもう会ってくれないと思ってたから」
「……そんなわけないでしょ。オレも会ってくれるとは、思わなかったけどね」
「今度はどんな事件追ってたの?」

彼は、フリーのジャーナリスト。友人として知ることは少ない。時々潜伏とか、……事件を追ってとか何かと理由をつけて居なくなる人だった。私は彼にとってなにか特別な形の関係があるわけではなかったが、以前は時々食事をすることがあった。その時は私の住むマンションのあまり帰宅することがない隣人だった。

彼と初めて出会った日、私の隣に越してきて暫くたった隣人が引っ越しの挨拶以来で、真夜中に訪ねてきた日のことを今も覚えている。
「ベランダ、貸してもらっていいかな? スクープの臭いがするんだけど……、俺の部屋だと微妙に遠くてね」
その時の私は丁度、長年付き合っていた彼氏と別れたばかりのときであまり帰ってきていないとは言え数日続いた彼との怒鳴り声の大喧嘩は彼も聞き及んでいるはずだった。
だから、別れて失墜に沈み込む私のもとにわざわざ訪れた隣人を真夜中に招いたことは、ある種の自殺行為だったのだが。彼は私がそれを許すと律儀に靴を玄関先で並べ直し、約二時間ベランダに滞在してから立ち去っていった。
「お礼はまた今度、給料日が月末でね。今日の写真がちゃんと売れたら飯でも誘うから待っててよ」
去り際にそれだけ言うと大げさな荷物を抱え疲れた顔をして、立ち去っていく。彼は印象的な、人懐っこい笑顔を向ける人だった。それが誰かを慰める笑顔のように思えたのは、不幸な人間同士の共感とも言えるだろう。
そうして私はその日、彼に食事を誘われる日を期待しながら、何も傷つけることなく眠ることができたのだ。

彼は私が恋人と別れるたびに訪れる不思議な人となった。大きくひっぱたかれて奥歯が欠けた日、警察が家にやってきて元彼は消えていった。パトカーに連れて行かれる男を一文字くんは小さなカメラでパシャリと撮ると「あいつ、他にも女殴ってた極悪人らしいよ」と言ってくれた。
「こういう嫌な写真も売れるからさ、売れたら奢らせてよ」
「いいよ、どうしようもない人いくらでも連れてきてあげる。」
「……あんたって、懲りないよね」
「私、1人じゃ死にたくなっちゃうの」
「……俺は、群れるの、嫌いだ」
「そうだね、一文字くんはさ……ずっとこのままで居てよ」

(一文字くん、その後なんて言ったんだっけ……)
隣の部屋が空き部屋になったのは、そんな話をした直後だった気がする。
私の手元に運ばれた見事なリーフ柄の珈琲マキアート染み付いたマキアート汚れに変わっていく。スプーンでわざとかき混ぜたんだから当たり前なのだけれど、泡が潰れて。かさがすり減っていくクリームに自分を重ねる。

「相変わらず、悪い男と付き合ってるのか?」
「そう、……そうだね、違うよ。付き合ってない。婚約した人、奥さん居たの。だから全部なくなったばっかり」
「悪いやつはみんなアンタのことが好きになるね」
「そうかもね……」

頼んだ珈琲コーヒーに一口も手をつけず、それでも一文字さんは苦味を感じているような顔をして、目を伏せた。
目を合わせてくれない。ただ分厚い硝子ガラスのテーブル越しに、反射した私の顔を見ているように感じた。私はただ真っすぐ一文字さんを見つめているのに、硝子の向こうの私がいるような、昔の写真を懐かしむような視線に胸が痛む。「今日呼んだのはさ……」と口に出して、奇妙な沈黙が続いたが、私は口を出す気になれなかった。

「オレもう、アンタと飯行けねえや
 ……それだけ言いたくてさ」

(ああ、……)
彼があまりに当然にそう言うので、泣きそうになる。
それでも私は下を向くことができなかった。なんでそんな事を言われなくてはならないのか……私は何も知らないのに、この昼頃特有のまったりとした空気や穏やかすぎる春の日差しが私に優しすぎるから、どうしてか察してしまっていた。
こんなに瞼が重いのに、傷をつける言葉は何より痛い。苦しい。だって私は幸福じゃない。・・・・・・・こんなに素敵な午後なのに、やっと連絡をくれた人は私の元から去ろうとしている。
(いつもそう、私はいつも孤独な時間が生きてる時間の大半を占めている……)
ガラス越しに、一文字さんと目を合わせたくなかった。分かりきっている。彼が望んでいるから、叶えてしまったら、もう会えなくなる・・・・・・

(それなら顔を上げて泣いてしまえば、一文字くんは私の涙を拭ってくれるだろうか……)
打算的な感情が渦巻いて、いつも同じ景色を繰り返すのだ。嫌だ、行かないで、愛してるの。それでも私は最後、傷つけられて……でもそれを終わらせてくれるのはもしかしたら彼かもしれないと思っていのだ。彼は孤独だから、私がそばにいても私を愛する悪人にならないと、期待していたから。

「どうして……」
「アンタにふさわしい男になっちゃったから」
「どういう意味かわからないよ、一文字くん カフェでコートを脱がない人じゃなかったのに」
「好きにならないことにしたんだよ」
「だからどうして……!!」

別人みたいに、目も合わせてくれない。
春の午後カフェテラスで、穏やかな光に包まれて、花の匂いがするこの場所で一つも知らない残酷な顔をする。
私は目から溢れる涙に耐えられず。喉を震わせて嗚咽した。
一文字くんは立ち上がり、私のそんな姿を見下ろすのだ。顔が見えるわけじゃない、高い背丈が影になって私に春風の冷たさを教えるから、目の前に一文字くんがいること知って。そしてまた陽光の暖かさで彼が立ち去っていくのを感じるのだ。
包まれるような暖かさが憎い。
あなたが居なくなってしまったのを知ってしまうから。

心残りがあった。
そいつは可笑しな女で、見目はそこそこの美人なのだがその容姿に見合わないほどクズでろくでもない男に愛され、愛してしまうのだ。俺は何故かその薄気味悪い笑顔が嫌いで、よく食事をしていた。
だから、まあ、有り体に言えば友人だったが……、バッタオーグ二号機だった俺の中で彼女の記憶は封印されていた。
『魂の自由を取り戻して』そう、ルリ子に触れられた時、赤いマフラーを見てやっと思い出したのだ。そして、どうしようもなく話がしたくなったのだ。
『会いに行くといい、約束があれば叶えるために生きていこうと思える』
本郷がそう言うと、気乗りはしなかったがサイクロン号は既に以前住んでいた街へと向かっていた。
「ショッカーを倒すために彼女は必要ない、が……約束はしっぱなしだったような気がする。」
『守れる約束なら、叶えるといい。“叶えたい”と一文字が思うなら』

 「一文字くんはさ……ずっとこのままで居てよ」

あの日、疲れ切った顔で男に媚びるような笑顔を見せた。彼女を残して俺は、オーグになった。
彼女に求められて、群れるのが嫌だった、彼女が傷つくことで相手の男が悪になるのを知っていて、悪になるまで放おって置いたことに怖気づいたからか、そんな女の存在は俺にとって不幸になりえたのだ。
(俺は、どうやって幸福になりたいと思ったんだったか……)

「世界一の悪人になれば、相応しいと思ったんだが……仮面ライダーとして、不幸を生むのはもう、やめだからな」

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