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たゆたう・長濱ねる

たゆたう・長濱ねる・角川文庫・2023年9月1日初版発行、を買った。2019年に欅坂46を卒業した長濱ねるの初エッセイ本、雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載「夕暮れの昼寝」(長濱「ねる」であるから、こういうタイトルにしたんだろーね)から自選、加筆修正し、文庫化したもの、とのことである(「はじめに」「おわりに」と「私の仕事」は書き下ろし)。数えてみると、全部で22のエッセイが入っていて、それプラス「はじめに」「おわりに」である。それら題字のすべては、本人の直筆文字となっているのもキュート。


最初のエッセイ「後楽園の上空にて」を読んだとき、美しい文章だな、と思った。アイドルの仕事のため高二で上京し、地元の友達、おーしゃんと離れてしまった。が、東京の大学に入ることになり、おーしゃんも上京する。二人で東京ドームシティに遊びに行ったときのこと。東京というダンジョンをともに戦う、大切な仲間。きれいな文章だなーと思った。わずか7ページほどの文章なのに、青春短編一編を読んだかのように情景が伝わるし、感動を覚える。とてもいい。


「愛しのアイスランド」というエッセイは、本のタイトル「たゆたう」にぴったりな、著者の読んだ本の作者紹介欄に書かれた「漂えど沈まず」ということばから始まる。もし世界に時間がなかったら、と著者は、思いを馳せる。そうなると、たとえば人々の始業時間も決まらないので朝の通勤ラッシュもない、満員電車ともおさらばだ、電車がいつ来るのかわからない、私は待つのは好きだしそれはそれでいいか、と著者は書く。そうなったらどんなにか素晴らしいだろうと、地方に住んでいて電車通勤などに縁のない僕だって、つねづね強く思い願い続けてきたことである。僕も東京の満員電車に乗ったことが何度かはあるが、あんなのはだめだ、なくなってしまえ、東京など二度と行きたくないぞ、と思ったものだ。白黒映像の満員電車の古い風景も見たことある。この国ではもうずーーーーーっと解決されずじまいの問題なのだ。解決できない無能な国……。どんなに過酷でも電車に押しよせる人々の意思……。短絡的な解決法として、もっと路線を増やし電車を増やし駅も増やすか、と国は思いつくだろう、けどそういうのもうやめてほしいね。……

と、なんか勝手にムキになってしまったが、著者はもちろんキレたりせず、やわらかく「今日の我々は大変助かっています。」なんて連結し、アイスランドに魅せられた話につながる。アイスランド音楽についてや、もこもこすぎる羊のことなど書かれるが、そこで、ジェンダーギャップ指数十二年連続一位なんて話も出てくる。なんかこの章を読んで、この人、なにげに政治家に向いているんじゃないか、なんて思ったり。


「ずらしたい事件」。他国同士の試合は観れるが、日本戦のW杯が観られない、と著者はいう。その理由を考えてみるに、どうも私は世の中と足並みをずらしたい、からなのかもしれない。そうだとするなら、自意識モンスターすぎて恥ずかしいし、国を背負って戦う選手にも失礼すぎる、と著者は自分に否定的になる。ありのままの自分を愛して、押し通すことは、周囲の人を傷つけてしまうからよくない、と著者はとらえる。世の中と足並みをずらしたい自分を尊重しつつ、誰のことも傷つけることのないよう折り合いをつけながら生きたい、という……でもそれはちょっと、と僕は思う。芸能人の事なかれ主義、芸能人は政治性を帯びないほうがいい、のつまらなさを感じてしまった。もっとガンガン強気でアピールしていったほうがいいと思うのだ。


と、なんか、長濱ねるに政治性を求めるような、本の紹介になってしまったみたいだけど。


ともかく、ひととおり読み通してみて読者が思うこととは、長濱ねるという人は、やさしく繊細で思慮ぶかく気を配り文章の才能がある、というイメージではないか。読者はなにもかたくむずかしく考えることはない、「たゆたう」という語が表すとおりに、読みやすく親しみやすい文章に、ただ身を委ね漂い、読めばいい。



★ たゆたう・長濱ねる・角川文庫・2023年9月1日初版発行。


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