第44回皇后杯 決勝4ゴールで振り返る、この優勝がベレーザ新時代の到来を予感させる4つの理由

2023年1月28日
日テレ・東京ヴェルディベレーザ 4-0 INAC神戸レオネッサ


運命の一戦

2023年1月28日ヨドコウ桜スタジアム、キックオフ前には雪も降る寒空の中、日テレ・東京ヴェルディベレーザは2年ぶりとなる皇后杯決勝に臨んだ。

「2年ぶり」ではあるが、2019年4冠達成以降、当時の主力の移籍や怪我等による長期離脱もあり、2020シーズン、2021−2シーズンは2季連続で早々にリーグ優勝争いから脱落。
2年前の皇后杯は、当時現役引退を表明していたGK西村清花、そして大会後に海外挑戦を表明した長谷川唯のベレーザ最後の大会となったこともあり、決勝は壮絶な打ち合いの末に気持ちで勝ち取ったタイトルであり、その時のチームの状態からは”例外”のような優勝であった。

名誉挽回を期待された2022−23シーズンであったが、リーグ開幕前に開催されたWEリーグカップでは決勝で一時は3−0とリードしたものの、試合時間残り15分の間に3点差を追いつかれ、最後はPK戦で敗れるまさかの逆転劇でタイトルを逃した。
嫌なムードを引きずったまま迎えたWEリーグでは前期日程を終え4勝2敗1分と、共に6勝しているINAC、浦和に差をつけられ4位に甘んじている。

そのような状況の中で4回戦からの出場となった皇后杯では、毎試合コンスタントに得点を重ね順調に決勝戦へ進出。対戦相手にまだ今季リーグ戦で当たっていないINAC神戸レオネッサを迎え、”新生ベレーザ”の初タイトルへの挑戦が始まった。

試合は序盤から5バックの両ウィングバックが高い位置を取り前線に愛川、高瀬が並ぶ2トップの近くで成宮が自由に動くINACに対し、4−4−2の形でベレーザが守り、

ベレーザがボールを持つとライトバックの宮川が高い位置を取り3−2−5(WMフォーメーション)の並びになり、5−2−3で守るINACに対峙する展開となった。

高い位置で数的優位を作りながらハーフスペースに小林、藤野が入っていき攻撃を組み立てようとするベレーザに対し、INACはCB3枚とその前に並ぶ阪口、脇坂が徹底的にマークし、ボールを奪うと後ろから縦に長いボールを入れ攻める一進一退の攻防が繰り広げられた。

WMの本領を発揮した1点目

今季開幕直後は4−3−3のフォーメーションを採用していたベレーザは、皇后杯が始まる直前に、前線の小林、植木、藤野の3枚がより近い距離でプレーできる3−2−5の可変フォーメーションを採用し、戦い方を変更した。
4−3−3の時にはレフトバックのポジションからピッチ中央に入ってプレーしていた宮川は、WMフォーメーションではライトバックで外側のレーンをオーバーラップする役割を任され、右サイドで幅を取りながら相手のブロックを引き伸ばすプレーをみせていた。

今季WEリーグ第7節 大宮アルディージャVENTUS戦

しかし、皇后杯4回戦と準々決勝の間に行われたWEリーグ第8節マイナビ仙台レディース戦や皇后杯準決勝サンフレッチェ広島レジーナ戦では外で待つ宮川に内側のレーンから藤野がサポートによると右のハーフスペースがガラ空きになり攻めあぐねる場面が目立っていた。

今季WEリーグ第8節マイナビ仙台レディース戦
皇后杯準々決勝サンフレッチェ広島レジーナ戦

この一因となっていたのが攻守で重要な役割を果たす2枚の守備的ミッドフィルダー三浦成美と木下桃香の慎重なポジショニングであった。
相手のカウンターに対し中央を2枚でケアしなくてはならない3−2−5のフォーメーションではこのダブルピヴォットは常にトランジションですぐに守備に対応できるポジショニングを取っていたのである。

この課題が修正されたのは皇后杯準決勝アルビレックス新潟レディース戦。
コンディション不良の三浦に代わって出場した岩﨑心南がよりアグレッシブなポジショニングで右の藤野、宮川とトライアングルを形成。これにより藤野と宮川は自由に外側と内側を入れ替わりながらポジショニングをするようになった。

この試合で前半早々に2点をリードしたベレーザは、まるでこの改善をINACにスカウティングさせないためかのように後半4−3−3へシステムを変更した。

決勝では復帰した三浦が右サイドのトライアングルに加わりサイドを制圧。
39分には左サイドから流れてきたボールを宮川が受けると、相手2枚を引きつけながら外に開く藤野へパス、

空いた内側のスペースへ宮川がアンダーラップし、ゴール前中央で三宅の背後からニアへ一気に加速した植木に合わせベレーザは均衡を破る先制点を挙げた。

直近の課題を修正し、見事にゴールを奪ったのであった。

悪夢を振り払う2点目

前半25分頃からINAC右ウィングバック守屋の高い位置取りに対し、ベレーザ左ウィンガー北村がマンマークで対応し、非ポゼッション時の4バックから5−2−3で守る形にベレーザの陣形が変化していく。

49分コーナーキックから植木が難しいシュートを決め2点のリードを奪ったが、

蘇るのはWEリーグカップ決勝の浦和戦、WEリーグカップグループステージINAC神戸戦、昨季WEリーグ第18節ジェフレディース戦といった、過去2年間で2点以上のリードから追いつかれてきた数々の苦い思い出であった。

特にこの日のベレーザは非ポゼッション時4バックの形から、試合の流れの中で相手を見て5バックに変更したため、「2−0は危険なスコア」という常套句が頭をよぎる瞬間であった。

しかし、この日のベレーザは、これまでのベレーザとは違った。

急遽ウィングバックに入った北村菜々美がチームメイトに指示を出すのを筆頭にチーム全体が互いに声を掛け合い高い集中力を維持し、

また、前半はINACの執拗なマークに対し外に開いてボールを受けるように動いてた藤野、小林の前線の選手が

後半は外に開くのではなく、内側のレーンに留まったまま縦に下がってボールを受けるように修正、守備時にINAC最終ラインからのパスコースを消せるようになり、66分にコーナー付近で与えたフリーキックからヘディングシュートを許すまでの約20分間相手にシュートを全く打たせない素晴らしい守備を見せた。

試合後インタビューで主将 村松が

ーー2点奪った時、WEリーグカップ決勝の悔しさは過りましたか?
WEリーグでも、皇后杯でも、2点・3点奪っても「自分たちはここではやめないんだぞ」ということをずっと言い続けてきました。今初めて、あのカップ戦を悔しいと言えると思います。今まではあの借りを返すことができていませんでした。あの敗戦がチームの糧になり、今の成長に繋がっていると強く思います。

https://www.verdy.co.jp/beleza/match/info/20230128047/report

と語ったように、過去の悪夢を振り払い、成長の糧となったことを証明した瞬間であった。

仲間と奪った3点目

2019シーズン終了後、ベレーザは貴重な得点源であった田中美南がINACへ、創造性溢れるプレーで攻撃を作った籾木結花がOLレインへ移籍したこと受け、2020シーズンは開幕から可変フォーメーションにより攻撃の”個の穴”を埋めようと試みる。

しかし、世界を襲ったパンデミックにより練習はおろか人と会うことすら規制され、新しいフォーメーションを習得するにはあまりにも時間が制限された中で迎えた新シーズンでは新しい戦術は機能せず、トップ下に長谷川唯を置く4−3−1−2のダイアモンドの形を試すように変化していった。

続く2021−2シーズンではその長谷川唯も移籍し、ベレーザはその穴を埋めるため、これまでのポゼッションの時間を長くすることで攻守に主導権を握ろうとする戦いから、縦に速いサッカーへと変化していく。

その中心的役割を任されたのが、若干24歳(当時)で攻撃陣最年長となった小林里歌子であった。

守備では2トップを組む植木と前線から激しくプレスを掛けることが求められ、

昨季WEリーグ第3節サンフレッチェ広島レジーナ戦

攻撃では中盤を飛ばして最終ラインから植木を直接狙ったロングボールを拾いゴール前へ運ぶことが求められ、

昨季WEリーグ第4節ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦

そして自らも得点をすることが求められた。

昨季WEリーグ第3節サンフレッチェ広島レジーナ戦

当然ながらこの役割は負担も大きく、2021−2シーズン後期は怪我で長期欠場を余儀なくされた。

しかし、今のベレーザでこの大役を担うのは彼女だけではない。

小林が欠場している間にメニーナから十文字高校を経由してベレーザに加入した藤野あおばがパートナーとして同じピッチに立っている。

この日の3点目はそれを象徴するかのように、前線3枚がプレスを掛けながらその後ろで三浦がボールを回収すると、

そのボールを藤野あおばがゴール前へ運び、

最後は三浦からのクロスを小林がゴール。

「小林里歌子はもう一人ではない」

前線に加わった新たな仲間と生んだ3点目は、見る者にそう印象づけるのであった。

恐怖を与える4点目

これまでの2年間に2点以上のリードをひっくり返された試合を数多く経験したのは、単にベレーザが勝負弱いというだけではなかった。

かつてのリーグ5連覇の時代には、相手が1点リードしていても、その相手は「ベレーザ相手に1点リードは足りないかもしれない」と思わせることができ、その恐怖心が「守るべきか」「攻めるべきか」の判断を狂わせ、ベレーザのペースになっていた。

しかし昨季までのベレーザは、仮にベレーザが2点リードしていたとしても

「山下杏也加がいないペナルティエリアにハイボールを入れれば何か起こるかもしれない」
「長谷川唯のカウンタープレスの無い中盤は前線にいいボールを入れられるかもしれない」
「籾木結花がいない中盤は後ろを人数で固めておけば大丈夫かもしれない」
「田中美南がいない前線は裏さえケアしておけば大丈夫かもしれない」

そう思わせてしまうことで相手に主導権を渡してしまう雰囲気がベレーザにはあった。

時に英語圏で”Fear Factor”(=相手に恐怖心を与える要素)と言われる何かが最近のベレーザには欠如していた。

昨季WEリーグ最終節の浦和戦では一度は2−0にリードしながらも、その後ベレーザは前線の選手を1枚下げディフェンダーを1枚追加する消極的な策を打ち、プレーエリアが自ゴールに近くなったことが仇となり2−2に同点にされた。

しかし、この決勝では3点リードで迎えた試合終盤でも、ベレーザは前から積極的にプレッシャーを与えることを止めることはなかった。
89分には最終ラインでボールを持つ竹重から藤野が直接ボールを奪取すると

そのままGKとの1対1を決め、

4点目を奪い、完全に相手の心をへし折ったのであった。

この容赦のないベレーザを見て「まだ何か起こるかもしれない」と思うクラブはいないだろう。

かつての消極的にリードを守りに行くベレーザは過去のものとなり、今のベレーザは最後まで積極的に相手の心の余裕を奪いに行くチームへと進化した。

この皇后杯優勝は、今のメンバーがこれまでに経験した多くの不安を乗り越えたことを証明するものとなり、「今のチームはタイトルを狙える」そんな新しい時代に突入したことを予感させてくれる。

応援の規制が緩和された2023年、サポーターの声援とともに緑のハートを持つ強いベレーザがピッチに戻ってきた。


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