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ぼくの秘密の家庭教師⑦

 家に着いてしばらくすると、お母さんが帰ってきた。いつも通りの時間だ。ぼくはお母さんの反応を見ることが楽しみで、夕ご飯なんてどうでもいいぐらいだったんだ。「野比~すごいじゃない!」かな?それとも、「こんなにがんばったのね野比。お母さん嬉しくて嬉しくて・・・」な~んて泣いちゃったりしたらどうしよう。
 そしてその時が来た。
「野比、宿題は終わったの?家庭学習は?夕ご飯ができるまでにちゃっちゃとやっちゃいなさいよ。あ、そうだ、字は丁寧に書くのよ。返事は?野比?」
ぼくは、はやる気持ちをおさえ、いつも通りの声で、
「全部終わったよ。後でお母さんサインお願いね。」
「えっ?もう野比ったら、友だちのノートでも写したの?写すだけじゃ勉強にならないし、それってズルだよ。お父さんに報告して叱ってもらうよ。」
ぼくは立ちすくんだ。お母さん、そりゃないよ。ひどいよ。
「今日はサインはいらない。」
ぼくはノートをダイニングテーブルに投げて、部屋向かった。がんばった甲斐がないじゃん。やるせない気持ちでベッドに寝っ転がっていると、
「ゴロク、勉強は誰のためにやるんだ?褒めてほしいからやるのか?お前の今日の努力を認めようとしないおかんが悪いのか?違うだろ。」
クイミがそう言っている間にも、ジッチはぼくの股に丸くなり、ジュナはぼくの顔を優しくなめてくれている。ウニヨンはベッドのそばでニコニコかわいい顔をしてチョコンと座っている。起き上がってベットに座りなおしたぼくにクイミが話し始めた。
「おかんは何にも悪くない。昨日までのゴロクに何度も裏切られたんだからな。たった一回の努力で認めてもらおうなんて、そんな虫のいい話があるか?おかんもおとんもいつか必ず気づくぞ。ゴロクの変化に。その時にはゴロク自身も変わっているんだ。ただ褒めてもらおうという考えはダメだ。当たり前のことをしっかりとできる、そして自分のために努力を続けたいって思う人間になるんだ。ゴロク今日からスタートなんだぞ。」
キッチンから、
「クイミー、ジッチー、ジュナー、ウニちゃーん、ごは~ん。」
お母さんが言い終わらないうちにジッチはぼくを蹴とばし、ジュナはぼくの顔を踏みつけ、ウニヨンはよだれをベッドのそばにたらしながら走り去った。
「クイミ、それで?話の続きは?」
「そんなの後だ。とにかくゴロクは今日のようなことを続けていくんだ。いいな。」
かっこいいことを言っているのに、クイミはウニヨンと同じようによだれを滝のように流しながら走り去った。
「もう・・・ぼくのことよりもご飯かよっ。」
ぼくは愚痴りながらもクイミが言ったことを思い返していた。そうだよなぁ、小学校に入学して3年間もお母さんやお父さんとの約束を守ったことないもんな。それなのに「こんなに頑張ったから褒めてね。ぼくのこと信じてね」なんて都合のいいことが通用するわけないよな。
「よし!決めた。今日の夕ご飯の時に、お父さんとお母さんに宣言するぞ。」
   《 せんげん   栄 野比 》
お父さんお母さんへ
 
☆ぼくは毎日、しゅくだいとかてい学習をがんばります。
☆ぼくは毎日、クイミ、ジッチ、ジュナ、ウニヨンの散歩をします。
☆ぼくはこれから、やくそくをまもります。
      
   れいわ三ねん  一月十二日木よう日
 
いつだったか、お母さんにおねだりして買ってもらった色紙の中から、大好きな色“水色”に宣言することを書いた。
 夕ご飯の前にお風呂に入ろうと思って、着替えを準備して風呂場に行こうとすると、
「野比、ちょっとすごいじゃない。今日の家庭学習。宿題のプリントもちゃんと間違いが直されている。誰かが見てくれたの?」
ドッキとしながらも、
「まさか、誰も見ないよ。誰が見るのさ。自分で教科書見て○つけしたんだよ。クイミが見れると思うの?ジュナが勉強教えられると思うの?」
あわわわ・・・ぼくは何を口走っているんだ。やばい!
「野比、何言ってんの。おもしろい。でも、さっきはごめんね。今日のノートは素晴らしいよ。お母さん嬉しいな。仕事の疲れも吹き飛んじゃったよ。」
さっきまでこんな風に褒められることを期待していたのに、今はちょっとお母さんに悪い気がして話をそらすことにした。
「夕ご飯前にお風呂に入るね。夕方の散歩マラソンで汗をかいたんだ。お母さん、ノートのサインありがと。」
「散歩マラソン?」
背中にお母さんの視線を感じながら風呂場に向かった。
 夕飯の時にお父さんとお母さんに宣言すると、お父さんは
「こりゃあお祝いだ~今日はビール飲んじゃうぞ~」
と、ビールを飲む口実にしていた。でも、お父さんもお母さんも口を揃えて言ってくれたことが、
「野比、できるかできないかはやってみないとわからない。でも、大切なことは自分からやるんだって決めたことなんだよ。応援しているよ。」
ということだった。まあ、ホントのところはクイミたちに言われて始めたことなんだけど、そこは秘密だ。なんてたってぼくの秘密の家庭教師はクイミたちなんだから。

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