令和の時代のゾウの時間、ネズミの時間、あるいは平家物語

エイドリアン・ベジャン氏の「流れといのち」という本を読みました。この本は万物の進化を支配するコンストラクタル法則について書かれていて、その法則は「流動系は時の流れの中で存続するためにはその系の流れへのよりよいアクセスを提供するよう自由に進化しなくてはならない」と定義されています。
パッと見たときには、わかったようなわからないような説明だったのですが、読み進めていく中で、この法則が生物の進化のみならず、あらゆるシステムを説明しているのがわかり感銘を受けました。
今から、30年近く前に本川達雄先生の「ゾウの時間、ネズミの時間」が発売されたときに、ゾウもネズミも生涯の呼吸の数や心拍数が変わらないが、体のサイズによって末端に血液や酸素が行き渡るまでの時間が変わってくるので、寿命が変わってくるというようなことが書かれていて興味深く読んだのを憶えています。
この「流れといのち」では動物の寿命にとどまらず、転がる石の寿命、河川の寿命、車両の寿命など、寿命一つとっても、生物・無生物に限らず、人工物も含めて捉えているのが面白く感じました。
また、政治や都市の進化や衰退を説明しているところでは、盛者必衰の理(ことわり)をあらわすと書かれた平家物語を想起させる場面もあり、極めて普遍的な概念に見え、さらに興味深く感じました。
あらゆるものに当てはまる普遍的法則というと、抽象度が高すぎて、実際の生活ではあまり役立たないこともしばしば見られることです。
ゾウの時間ネズミの時間を読んだ当時、分子生物学や有機化学に興味・関心があった私にとっては、生物全体を一つのモノサシで捉えようという視点は大胆なアプローチだと感じた反面、面白いけど、一体何の役に立つのだろうか、と少し疑問に感じていました。
しかし、あれから30年(きみまろさんみたい。。。)、生物学という狭い世界(30年前はそれでも十分広すぎて、抽象的すぎると感じていました)で見えてこなかったものが、知識を得て、経験を積んだことも相まって、いろいろ考えることができてきた感じがします。
一例で企業の寿命について考えてみます。
企業の寿命という点でみると、現時点ではこの理論が不完全に見えてきます。
10年で9割近い企業が淘汰され、そのほとんどが中小企業という観点からは平均寿命と企業サイズでは何かの相関関係が成り立つのかもしれません。
一方で、創業200年を超える企業のほとんどが中小企業でということから考えると疑問に感じます。また、鍛冶屋とできものは大きくなると潰れる(鍛冶屋のところにはいろんな業界の名前が入ります)といわれるように企業規模を大きくすることは倒産するリスクが高まることが示唆されています。実際、企業規模が大きくなったばかりに環境変化に対応できなく破綻してしまった事例もたくさんあります。
その点でいうと、身の丈経営と言われるように適度なサイズで事業を営んでいくほうがベターな感じがして、コンストラクタル法則が成り立ちにくく見えます。
しかし、これはコンストラクタル法則が間違っているのではなく、この法則を実現するための企業のシステム・理論が十分整っていないのかもとも感じました。
大企業病とか(悪い意味での)官僚的という表現を耳にすることがありますが、企業の統治する仕組みがまだ不十分(進化の過程にある)なために、大企業が環境変化に対して、脆弱な一面を持っていると言えるのかもしれません。
企業の仕組みを高度化していくためのポイントが、この本で書かれている肝の一つである「良い流れが形成されていくときにはS字カーブを描く」ということに対する深い理解なのかもしれません。
著者は有限の領域に拡がる流れは全て、S字型の成長をして、永久に指数関数的成長をし続けることはありえないと指摘しています。
これは新しい発見でもなんでもなく、プロダクトライフサイクルから考えてもそうですし、クズネッツやコンドラチェフの波などを見てもS字カーブはビジネスの世界では既によく知られていることであります。
しかし実際には、未来永劫、指数関数的成長をするのではと思ってしまうのか、市場の根拠もなく右肩あがりの事業計画を作り、失敗してしまう経営者も少なくありません。
こんなことを当たり前に理解し、S字の頭打ちから回避することから考えることが必要なのかもしれません。実際のビジネスの世界では、S字カーブで頭打ちになっても、技術革新や新商品によって新たなS字カーブを生み出し、市場が拡大することはよくあることです(この本でもその旨説明されています)。
そういう点では、S字カーブを次々重ねて延命、市場の拡大をしていくように、事業の新陳代謝があることが企業経営の大前提と捉えることが大切だと感じます。
目先の儲かっている事業に依存したり、経営資源を特定事業に集中させすぎたりするのではなく、新しい事業を継続的に生み出す仕組みや、経営資源を適度に分散させながら、企業全体を持続させていく仕組みができれば企業が大きくても長続きする気がします。
むしろ一定サイズ以上あったほうが、継続しやすくなるのかもしれませんので、そうなれば、まさにコンストラクタル法則を支持する企業の寿命の理論が確立するといえるわけです。
そのためには、事業の分散、ポートフォリオの形成だけでなく、意思決定・ガバナンスのあり方、マイナスだけでなくプラス面も含めたリスクの見極め方、従業員のスキルアップやモチベーションアップのあり方など「流れへのより良いアクセス数を提供する環境整備」について企業経営では理論がまだまだ確立されておらず、レベルアップする余地があると感じました。
このように企業寿命一つとっても面白く考えることができるので、これからもときどきこのコンストラクタル法則を思い出しながら、あれこれ考えてみるのが良いのではと思いました。

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