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【レポ】映画「ドヴラートフ レニングラードの作家たち」トークショーイベント

◎はじめに 

 2020年6月20日(日)渋谷ユーロスペースで開催された、映画「ドヴラートフ レニングラードの作家たち」トークショーイベントに参加した。
 この日は緊急事態宣言解除後間もない頃で、渋谷には人が街に戻り始めていたものの私自身まだまだ様子を伺いながら足を運んだ。しかし映画やトークショーでは一転、日々の心配や苦痛を少し忘れられるような充実した時間を過ごすことができた。

 登壇者は監修の沼野充義さんと、日本語字幕製作者の守屋愛さん。お二人と観客の間にビニールを置いて感染対策がとられていた。

・以下トークショーの内容をかいつまんで要約。
・敬称略。

◎ドヴラートフの紹介

・ドヴラートフ作品の文学的評価の変化について。以前はシニカルな作風と汚い言葉のイメージが強く、これは文学なのかと懐疑的な意見もあった。しかし今や押しも押されぬ大作家の一人である。(守屋)
・ドヴラートフの実像と作品における像にはある特徴がある。ドヴラートフは作品に自身と等身大のドヴラートフを登場させ、その「等身大ドヴラートフ」のキャラクターを作品ごとに変える。さながらチャップリンのチャーリーのよう。(沼野)

◎映画についてお二人の感想

・70年代ソ連の再現度が驚異的。当時を小物に至るまで細部まで再現している。
・この作品が描いているのは公に出ない作家の苦悩なのだ。
(この点はこれ以降も掘り下げられる。)

◎ゲルマンJr.監督へのインタビュー(スカイプ録画)

・ゲルマンJr.監督が考えるドヴラートフの人物像。作品性からイメージされう人物像と実際の人物像には乖離がある。「悲劇の中の悲劇」を生きながら、一方で作品の中で別の人生を生きていた。そして監督は「悲劇的人物」としてドヴラートフを描写した。

・この映画はフィクションのフィクション。(事実に忠実な伝記映画ではないということか。)監督の想像と再構築からなる部分が大きい。

・「アンダーグラウンド」「地下」の作家ではあるが、「反体制」の作家ではなかった。ただ状況が許さないから書けない、自分自身でいることを許されない枠でもそこから出られない人だった。反体制の芸術家とは違い、彼は布教をしようとはしなかった。

※追記(2022年4月15日)
沼野先生のYoutubeチャンネルでインタビューが公開されているのを確認した。
こういう映像資料を気前よく公開してくださるのに驚いた。後進のためを思っての判断なのだろうか。
動画の公開範囲の設定を見直していない可能性もあるだろうが。

◎この映画を受けて・ドヴラートフとはどんな作家か

・舞台は雪解けから締めつけに再び戻る70年代前半のレニングラードで、登場する芸術家たちは社会主義リアリズムに合わない人たちである。
・この時期は彼らが直ちに逮捕されるような切羽詰まった状況ではなかったが、そのなかでもドヴラートフは「自分自身でありたかった人」だった。(沼野)

・映画中の聞き逃してしまいそうなほど細かい台詞に、実際の作品からの引用がたくさんある。

◎プレゼント企画

最後に観客へ、ドヴラートフの著書(お二人の翻訳)が抽選でプレゼントされた。

◎映画とトークショーの感想

ドヴラートフの名前はこの映画を知るまで耳にしたことが無かった。彼について何の知識もないまま映画を観たが、かえってドヴラートフや同時代人の苦悩をそのまま見ることができたように思う。表現を国家がある特定の枠に沿うよう要求すること、それによって人々に祖国を去る選択をせざるを得なくすることにむごさを感じた。最後のモノローグ「俺たちは存在している」には、グッとみぞおちを衝かれたような気がした。亡命を選ばず「存在している」と胸の内に叫びながら、表現し続けながらも、公には認められなかった彼以外の多くの表現者のことを想像する。
 映画に関わるお二人のお話と監督のインタビューが聞けるなんて、本当にいい機会だった。インタビューは、本人が話す映像を重要な史料として残すためでもあるのだろう。印象的だったのは、ドヴラートフは反体制的立場で状況を変えようとしていたわけではなく、ただ自分を表現し、存在したかったのだという話だった。変革の旗印、意義深い行動者だけが記憶に残るのではない。体制の中で自分のままにあろうしながら執筆を続けた劇中のドヴラートフ(そして実際のドヴラートフ)は、自分にとって忘れられない人物になるだろうと予感する。

◎後日談

 先日神保町のロシア語書籍を扱う書店に立ち寄った。ドヴラートフの本が気になったので店員さんに尋ねてみると、「ドヴラートフ、私もとても好きです」と言って色々とおすすめしてくれた。ドヴラートフの根強い人気を改めて実感した。

(了)


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