『「うちがうちじゃなくなる!」そんなこと言われても。』25

 渋谷のスクランブル交差点に白馬に跨る精悍な顔立ちのクリス王子が現れた。群衆の一人一人が花弁に変わり果てたかのようにアスファルトの上には花弁が辺り一面敷き詰められている。
 白馬が「あすこですぜ」とクリス王子に声をかける。黒色の全身網タイツ姿のひろし猫が交差点の中央で両手を晴天に向けて挙げて待っていた。白馬がそっと近寄り、クリス王子が片手でひろし猫の首根っこを掴み、白馬に跨がる背後にふわっと座らせた。ひろし猫はクリス王子の背中に両手を回し、すべてを預けたっていい。という気持ちで右の頬を背中にピトッとつけた。くんくんと柑橘系の肌の香りを嗅ぐ。
「スキ系のにほいやしあったかくて癒されるにゃ」
 真っ白な草原のなかにいるような幻想的な世界の中でクリス王子と二人きりになれたことの喜びがひろし猫の表情から見て取れる。
「にゃっ」ひろし猫が微笑む。
「どこにいきたいのだ」クリス王子がひろし猫に尋ねる。「世界の果てに行きたいにゃ」「まかせろ」「連れてってくだにゃい」「しっかり捕まってろよ」「にゃ!連れてってくだにゃい!」そう言ってひろし猫は臀部に力を込めると、不意に尻穴から空気(おなら)が洩れた。
「ごめんにゃ」
「ははは、かわいいやつめ、おならすら愛しいひろし猫だよ、ははは」
 ひろし猫の四角い顔の頬がポッと赫らむ。
「もー、クリスったらー、おならじゃないのー、空気だし!エアーなんだし!」
 二人は笑い、白馬で移動していると、前方に大きなお城が見えてきた。
 ひろし猫は満面の笑みで「ここにいきたいにゃ!」と指差して言う。クリス王子が右足で白馬の横腹をトントンと叩き、静止させようとすると白馬が「ここは危険な香りがしますぜ旦那」と、クリス王子に言った。ひろし猫がムッとして、「あんたが旦那とか言いな!嫌!嫌!馬が話すなんてやっぱ嫌!これわクリスとわたしの二人きりじゃないん?馬が話すの嫌!嫌!」白馬の後頭部に鰓を突き立てながら言い、落馬しかけた。
 クリス王子が「平和だな」と小声で漏らし、白馬の頭を撫でひろし猫に振り返り、ひろし猫の頭も撫でた。
 白馬はくりんとした眼で「ほんまに大丈夫なんでっか?」とクリス王子に聞いたが無視された。

 城は灰色の煉瓦に黒い石が混じっており、こんにゃくのような外観で、中に入ると広大な敷地に何千、何万もの猫が戯れていた。
クリス王子とひろし猫が口を開けてぽかんと眺めていると、白馬が言った。殺られる。「やられる」と言って、大粒の汗を掻いた。
 一匹の三毛猫が白馬に近寄ってきた。三毛猫はじろりと白馬の眼を見て「ここは猫と猫の合同結婚式会場なのにゃよ〜!猫やなくても関係あらへん。ちみも結婚しちゃいにゃー!」
 ハイテンションの三毛猫が白馬も歓迎したが、白馬の首が突然ひん曲がり、血管が切れて血が噴出してあっという間に首がもげて息耐えた。
 二人とも何も言わなかった。ひろし猫の尻穴から空気が洩れた。
 全てはひろし猫が計画していた事だと気付くには早いような遅いような夜の宴が始まると、クリス王子も猫になって、ひろし猫とイチャイチャし始めた。
 二人共酔いが回りクリス猫がひろし猫の尻穴に指を入れながらなにか耳元で囁いた。「い、いたい」苦悶の表情を浮かべたがひろし猫の表情は一変した。
「結婚しようや」と、クリス猫が尻穴に指を捏ねクリ回しながら言ったからだった。
 プロポーズの言葉を言ったまさにその瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。
 ひろし猫の笑いながら泣く大粒の涙が大画面に映し出される。あたしたち結婚します。という10色の組み合わせの文字と二人の顔のアップ。クリス猫がちんちんを徐ろに出して、ひろし猫の尻穴に入れそうな五秒前、カウントダウンが始まる。5秒経つとほんのすこしの静寂が訪れた。
「怖かった、遠かった。でも、結婚やな。はやく結婚しようや。幸せにするわな」
 ひろし猫はもちろんクリス猫のプロポーズを百パーセント受け入れた。
 何千、何万の猫が拍手喝采し、「お似合いやー!」「幸せになれよー!」「おめでとうー!」などの祝福の言葉が飛び交う中、ひろし猫とクリス猫はイチャイチャイチャイチャしっぱなし。濡れっぱなし。

 朝、朝が来たからみんな起きた。ひろしも目覚めた。

 ユメヲミタカラコンナユメヲミタカラクリスケッコンシテ。オキタラセイシデテタ。ケッコンシテ。
夢精じゃないの、夢じゃない。夢じゃないからっ。現実の精だからっ。 
 訳の分からないことを口走っているとは思ってないひろしが目の前にいるクリスに言った。
 マクドナルドのテーブル席でクリスは下を向いて、「ごめんな」と言って椅子から立ち上がろうとすると、ひろしが鞄から一冊のノートを取り出した。
「これね、詩集なの。クリス読んでくれないかな?」
「読まん」と言ってクリスは立ち去った。
 ひろしは「どうしようもない、どうしようもない」と啜り泣きながら、テーブルにひれ伏せて一生ここのマクドにはいかん。と決めた。暫くすると顔を上げ一時間近く窓の向こうをぼんやりと眺めてから立ち上がり違う店舗のマクドナルドに足早に向かった。

百円ください。お願いします。