余生4  後藤と一緒の第三の目で視る光景

 学生の頃からの趣味でルーズリーフに箇条書きで幸福論文的私的解釈を書き殴ってきた。幸福になるにはどうすればいいのかというシンプルな自己啓発だ。駄目元で、"座って読んでも橘出版"という謳い文句で有名?な出版社、橘出版に持ち込みに行ったんだ。代表取締役社長の橘が直々に読んでくれて、けっこう気に入られた。すぐに形になる訳ではないみたいだが、どうやら出版にまでこぎつけそうなんだ。出版が確約すると、記事漏洩を阻止する守秘義務が発生し、規約を守らなければ五十万円の反則金を支払わなければならないが、きっちり守ると契約金の五万円が手に入る。良き良き彼氏会の軍資金ができるためなら、何だってする。
 橘は声が特徴的で声を聞いているだけで、ものすっごく脳の深いところまで響き、届いてくる。例えば、打ち合わせ中にトイレに行ってくると橘が言うだけでそこにトイレに行きたい橘が存在している。当たり前だろと思われるかもしれないが、驚くことに橘がどれほどトイレに行きたいかが声を発した時点で視えてくる。凡そ300ccくらいだなと頭に鮮明に映ってしまうという恐ろしいほどの現象が立ち昇ってしまうのだ。橘に良き良き彼氏会のことを話してみた。あわよくば入会してくれないかな?と期待したが、「面白そうですね、良き良き彼氏ですか」と言うだけで余り興味を示さなかった。橘が良き良き彼氏ですかとゆったりした口調で言い終わった言葉尻のまさにそのとき、悲しい哉視えてくるものがあった。はっきりとは視えてこなかったが、掌大のものが何者かによって壊される光景、壊した張本人が泣いているし、良き良き彼氏会が繁栄せず衰退の一途を辿るような嫌なオーラと予感も感じた。視たくない、信じないぞ、なんなんだよ、一体。どういうことなんだ。橘出版の会議室で出されたお茶のコップを握りしめながら「なんでなんだ!」と天井を見つめて叫ぶと橘は「またメールでもしますね」とソファから腰を上げて奥の席に消えていった。三十代後半くらいの秘書の女性に本日のところはお引きとりくださいと無表情に言われ、泣く泣く帰宅した。
 自宅兼良き良き事務所に戻ると、後藤がからあげ弁当を食べていた。室内がにんにく臭く、自宅のように勝手に寛ぐのもいい加減にしろと思って一個でいいから唐揚げをくれとせがんだが、くれなかったので自宅に帰れと玄関を指さして言った。言った直後、引き留めた。後藤に橘の不思議な声の特徴と視えたビジョンのことを聞いてもらおうと引き留めたのだ。ひとしきり話すと後藤は「それは第三の目ですね」と自信に満ち溢れた顔で言った。後藤によると橘の声に特徴があって力がある訳ではなく、どうやら゛第三の目で視えている゛らしいのだ。え!?後藤と一緒の能力が備わってしまったのか、と何かやんわり嫌だ。とやや落胆していると和くんが施錠していない良き良き事務所の玄関のドアを開け、我々が着席しているリビングのテーブルに向かって「わーい」つって何故そんな駆け足なんだと思った瞬間、大胆に転んで、『この花を見ていたら、ぞっ』という良き良き彼氏会公式映像作品を撮ろうと最近買った五万円以上した4k高画質カメラにおもいっきし尻もちをついた。「おいおい!和くん!ダメだよ!走るなよ」とちょっときつい口調で怒ると和くん泣き出すし、4kカメラは大破した。
 ほんとだ。さっき第三の目で視えた光景が現実になったのかな。要らんよこんな能力。
 後藤はからあげをくちゃくちゃ咀嚼しながら笑ってるし、和くんが泣き止んだと思って一息ついてたら橘から今回の出版の話はやっぱり一旦無しで。という旨の電話があった。相当きつい。

               つづく。

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