まひる野賞30首 嬌声と黙(もだ)

ワンピース売られて胸のあらわなるマネキン立てりしろくまぶしく
 
ぬばたまの夜に十指(じゅっし)を切りそろえ畳にならぶ黒き半月
 
白色のデスクに踊る飲み終えし缶と抜きたる髪の旋律
 
きみ去りし部屋の鏡を真っ白に曇らすわれのシーシャひといき
 
尖塔が空を二つに割って立つ冬の日雲がくきやかに見ゆ
 
鍵盤の端から端へ手をすべらせる階段ゆっくり降りる速さで
 
噴水の前で聖書を配る人とあつい握手を交わしたい冬
 
一本の煙草を吸いて一足の足取りおもく夜風をあびる
 
自転車を押し上げながら口ずさむサイン、コサイン、あとなんだっけ
 
こめかみに指先あてて引き金を引かばずどんと耳に赤富士
 
坂の上より見下ろせばはてしなく合わせ鏡のごと続く路地
 
踏切にセーターを脱ぐセーターと車輪に起こる青き火花(イスクラ)
 
脱ぎたてのセーターを発つ火花(イスクラ)を起点に赤く爆ぜる海原
 
鏡月のうすきみどりと鯉を待つ藻の浮く池にひそむさびしさ
 
眠れぬ夜の目裏(まなうら)に描く静かなる湖畔に少女の絵を描く女(ひと)を
 
歳を経(ふ)るたびにちいさくなる祖母を庭より見たり遠近法で
 
どちらかが死ぬまで続く祖父母らのいさかいのなか入れ歯を運ぶ
 
ブレーキを小きざみに踏む助手席の母があかべこみたいに揺れる
 
寝るたびに日に日に部屋に湧き出づるわらわらわれに読まれぬ本が
 
働かぬ友と飲むとき友の顔張り倒したき一瞬のあり
 
東京湾アクアラインに窓ほそく開けて嗅ぎたり生臭き香を
 
笑うより泣くのが先だ双眸を覆う両手のあるうちに泣け
 
額からつま先までの自意識をコインで軽く削ってください
 
なにになるべきか悩みて待ち受けを高倉健にして押し黙る
 
ぽつぽつと雨傘を打つ「いいえ」とも「はい」ともきこゆ雨音を聴く
 
葛根湯さらさらと飲むオフィスからビルの間(ま)に降る夕焼けを見る
 
両肺の広き隙間にGクラス一台を置くまだ隙間あり
 
貝を踏む痛みを感ず『海蛇と珊瑚』を閉じて今日はもう寝る
 
陽のなかに立てる日傘をさす女(ひと)を後ろから見る少年の眼で
 
鈍行のいろんな席で眠りたい車窓から降るひざしのなかで
 

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