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QAL startups連載: <ペット>と<人>のニューノーマルを創造し、拡張するこの先のビジネスの作り方 #️4


#4 周囲を巻き込む、「未来の物語」の描き方。
ゲスト:quantum執行役員 川下和彦

獣医療を起点とし、人とペットの間にある課題を解決するスタートアップスタジオ「QAL startups」。その中心メンバーにして、獣医師・企業家である生田目康道氏(QAL startups代表取締役)が、これからのペット業界に求められるビジネスの姿を探求していく連続対談シリーズ。

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その第4回目では、QAL startupsを共に立ち上げたquantumより、クリエイティブ担当役員を務める川下和彦が登場。未来の物語を描くことで新規事業開発を支援する「事業作家」である川下と、事業に周囲を上手く巻き込んでいく方法について語りました。

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※この記事は、quantumウェブサイトに掲載した記事の再掲です。団体名やサービス名、肩書きなどは、取材時の記載をそのまま使用しています。

■「事業の物語を描く」とは何か

生田目:川下さんの「事業作家」に関するnoteを拝読しました。

川下:ありがとうございます。

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生田目:勝手な印象なのですが、川下さんが広告の制作手法をベースにやられている「物語」の描き方は、事業を立ち上げて、軌道に乗せるためのやり方と共通点が多いのではないかと感じました。

つまり、起業家が「こういうものがあったらいいな」と妄想するところから事業は始まる。でも、それを成立させるためには、単に製品やサービスを作るだけでなく、世の中の人に知ってもらわないといけない。そこをあとからやるのではなく、事業を立ち上げるところからセットで考えていこうよ。そういうことなのかなと。

川下:私はquantumでさまざまな会社の新規事業開発をお手伝いしてきました。その過程ですごくユニークな事業アイデアが生まれたと思うのに、トップマネジメントに提案すると頓挫してしまう。そんなことが無数にありました。それはなぜかと考えたときに、「この製品・サービスがあると、未来はこう変わる」「だから私たちはやりたいんだ」ということを説得できていないからではないかと思ったんです。

提案資料で数字だけを並べてもビジョンは伝わりません。プロジェクトオーナーが将来こんな世の中を作りたいと語り、チームメンバーの心を動かすような未来の物語がなければ、優れたアイデアも絵に描いた餅のまま終わってしまうことが多いんです。

では、どうすれば未来の物語を描くことができるのか。試行錯誤する中で、ここに我々quantumの母体でもある、広告会社の制作手法が使えると気が付きました。CMの脚本を書くように、事業の物語を描く。それは製品・サービスを届けたい相手のことをリアルに想像することであり、その人たちに価値を伝える方法を考えるということであり、自分たちの事業がもたらす未来の姿を具体化するということでもあるのです。

ただ、事業と広告には違う点もあります。広告は短距離走で、とにかく人が振り返るようなインパクトあるアイデアを発想することが重要です。しかし、事業は継続性や実現性も考えないといけない長距離走です。だからアイデア勝負の短編小説ではなく、連載が続いていくことを前提にした長編小説を書かなければならないと思っています。

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■やらせてみることで主体性を育成する

生田目:事業は仕組み化することが必要です。起業家が妄想するだけでは事業になりません。いわゆる管理部長の役割がすごく大切でもある。起業家本人にとっては窮屈に感じられても、安定して収益を上げられる仕組みを作ることでやれることが増え、事業が拡大していく。

面白いアイデアを思いつくかどうかは正直、本人のセンスによるところがあると思います。しかし、この仕組みづくりの部分は教えることができるのではないか。

例えば、子どもに料理を教えるとき、いきなり包丁を持たせてもケガしますよね。まずは目玉焼きの作り方を見せてあげて、それに慣れたら次は卵焼き、次は出汁巻き……と徐々にステップアップしていきます。

すると、レシピを真似するだけでなく、「ちょっと味付けを変えてみよう」なんてオリジナルの発想も出てくる。そういう起業家育成ができないかと、私はQAL startupsで考えているんです。

川下:いいテーマですね。私も自分がやってきたことを再現性あるかたちで伝えるのが難しいと常々感じていました。野生の勘みたいなところでやってきた部分もあるから、どうしても手法が属人的になってしまうんです。どこまでいっても個人の経験やセンスに拠るところはありますが、新規事業開発における物語の作り方を先ほどご紹介いただいたようにnoteにまとめるようになったのも、多種多様なプロジェクトを支援できる方法論をつくりたいと思ったからです。

それでいうと、生田目さんのお話を聞いて、技術を教えるだけでなく、その過程で「自分にもできるんだ」という小さな成功体験を積み重ねてもらうことも重要なのではないかと感じました。先ほどの例ならば、まったく料理をしたことがない人でも、「自分にもこんなきれいに目玉焼きを作れるんだ」と感動することで、「もっとやってみよう」と前のめりになる。それが新規事業開発に欠かせない主体性の育成につながるのではないでしょうか。


■自分の経験から話さなければ誰も耳を傾けてくれない

生田目:そのうえで新規事業開発のリーダーには、人を巻き込む力も欠かせません。川下さんは「妄想」とおっしゃいましたが、実際に起業家は「思い込みと勘違い」で前に突き進んでいくものだと思います。でも、それだけでは周囲を巻き込んでいけない。起業家の思い込みと勘違いをどう魅力的に伝えるか。そこで「物語」にすることが必要だと川下さんはおっしゃっているわけですが、どうすればたくさんの人が納得できる物語を描くことができるのでしょう?

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川下:これは逆にお聞きしたいのですが、生田目さんは過去にたくさんの経営判断をなさっていますよね。そのとき周りから反対されても、「これは」と確信できたときがあったと思うんです。どんな有望そうに見える事業も、反対する人は必ずいますから。そういうときに何が判断の決め手になってきましたか?

生田目:いちばんは、好きか嫌いか、ですね。事業というものは絶対に計画通りにはいかないものです。どこかで必ずトラブルに直面するし、社員がついてこなくなることだってあるかもしれない。そのとき「これは儲かりそうだから」だけでやっていたら、心が折れるんですよ。でも、自分がどうしてもやりたいと思っていることだったら、根負けせずに「それでも」と何度も周囲を説得しようとします。そのくらいの覚悟を持つためには、自分自身が本気で事業の可能性を信じられるくらい好きじゃないといけないんです。

川下:その熱意を、説得的に描くのが物語です。リーダーの熱意から始まり、それがもたらす未来の姿を魅力的に描くことで、「だから一緒にやろうよ」と説得していく。未来の物語を描くとは、そういうことなんです。

じゃあ、どうやって説得的な物語を描くか。私は自分の経験を率直に語ることが、もっとも効果的なのではないかと思っています。

私は自分でメディアに記事を書いたり、書籍を出したりもしているのですが、これは以前PRの仕事をしていた時に、どんなコンテンツが読まれるのか、あるいは読まれないのか、理屈ではなく痛みを伴う経験を通して知りたいと思ったからです。そんな経験もないのに偉そうに「こういう記事が読まれるんです」なんて言っても、誰も耳を傾けてくれないですよね。

これは企業の物語を描く際にも同じことです。トップのメッセージだけを伝えるのではなく、そこに至るまでの挫折や失敗の経験も交えながら伝える。人の感情の機微に触れる要素を入れて、自分の経験を再構築する。そうやって多くの人が共感できる物語にしていくことで、はじめて周囲を巻き込んでいくことができるのだと思います。

■起業家に欠かせない「欲と恐怖」のバランス感覚

生田目:まさにハリウッド映画のシナリオのように、誰もが感情移入しやすいかたちにするということですね。私は経済小説にハマった時期があるのですが、面白い経済小説は、ヒリヒリするような場面をリアルに描いています。だから、経営者にとってはリアルすぎて体に良くないのですが(笑)、それが読み始めたら止まらない理由にもなっている。

だから、表面的ないいことばかりを言うのではなく、「挫折や失敗の経験も交えながら伝える」ことが重要だというのは、とても共感できます。

ちょっと話はズレますが、私は長く成功できる起業家は、バランス感覚に優れていると思っています。それはコミュニケーション能力が大切だという意味じゃないんです。「欲と恐怖」のバランスのことです。

欲を持ちすぎず、恐怖に支配されすぎもしない。適度な欲と適度な恐怖心を持ちながら、その中間で走り続けられる人だけが伸びる。どれだけ妄想力があっても、そのバランス感覚がなければ崖から落ちてしまいますから。

だから、長く事業を続けている起業家は、意外と地味な生活をしていたりしますよね。淡々と続けられる人が残っている印象です。自分が信じられることをずーっとやり続けている。それができるかどうかに秘訣はなくて、好きだからやっているだけでしかないのではないかと思います。川下さんも好きだから新規事業開発に携わり続けているんですよね?

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川下:おっしゃるとおりです。誰にも「やってくれ」と頼まれていません(笑)。困ったやつだと思われるかもしれませんが、好きなことしかやりたくないんです。もちろん、儲かるかどうか、つまりビジネスとしてうまくいくのかは重要ですよ。でも、会社からのミッションという位置づけで事業開発をやる人が、だいたいうまくいかないのも事実です。

海外のベンチャー業界のように、事業立ち上げを専門的にやる客員起業家は、確かにプロとして新規事業開発に関わります。その場合、モチベーションは好きかどうかだけではなく、莫大なストックオプションだというケースもあります。

しかし、日本にはそういう仕組みがありません。それゆえ、事業立ち上げのフェーズだけをいくつも経験することができないので、起業のプロが育ちにくい。そう考えると、個人としての「好き嫌い」がしっかりとある人のほうが、日本では起業家としての可能性があると思います。

生田目:そして、そうした起業家の強烈な「好き」を事業へと結実させていくために必要な周囲の巻き込みを、物語が担う、と。

川下:はい。先ほど生田目さんもおっしゃっていたように、事業というものは絶対に計画通りにはいきませんし、まだ誰も見たことも経験したこともない新規事業となれば尚更です。

起業家の「好き」を、思い込みと勘違いから発生する熱量を、社員にも共有して、同じ北極星をみんなで目指す。そのためにはロジックや数字的根拠ではなく、起業家の「好き」が結実した世界を未来の物語という形で可視化してあげた方がうまくいく。これは、今までの経験からも間違い無いと思っています。

生田目:今回の対談でも重要なお話が聞けたと思います。しかしおっしゃる通り起業家の「好き」が事業の物語の出発点なるとしたら、あくまでその物語はその起業家という人間の延長線上にあるものですよね。起業家自身の物語が魅力的でなければ、事業を立ち上げ、成功に導くために必要な人の協力も得られない。そこは忘れないようにしたいですね。

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対談を終えて

企業における新規事業の開発や、起業家が新規創業しようとする際、その事業設計の出発点は『妄想』や『好き』から始まることが多いものです。しかし、事業コンセプトや事業計画を十分に練ることができていたとしても、事業は1人だけではつくれません。
結果、多くの新規事業担当者や起業家が、自分がリーダーとなって『ヒト』と仕事をする難しさの壁にぶつかります。
対談でも話したように、新規事業開発を担うリーダーには人を巻き込む力が欠かせませんし、起業家の強烈な「好き」を事業へ結実させていくためにも周囲の巻き込みプロセスは必要不可欠です。このプロセスを支援するための解が『物語』であると感じました。
今後、新規事業創造はますますその重要性を増していきます。その時に、川下氏が提唱している方法論であるVision Prototypingはいっそう価値を増していくはずだと感じた今回の対談でした。


<プロフィール>

生田目康道(なまため・やすみち)
獣医師、企業家。2003年に独立起業。その後17年で動物医療領域を起点とした7社の創業と経営を経験。2009年には、株式会社ペティエンスメディカル(現株式会社QIX)代表取締役社長に就任。ペットとペットオーナーに"本当に必要なモノ"を提供すべく顧客ニーズと時代変化を見据えた数々の商品を手掛ける。2018年12月より掲げた、動物の生活の質(Quality of Animal Life)つまりQALを向上させるというビジョンのもと、2020年に株式会社QAL startupsを設立。業界内外のパートナーとともに、QAL向上に資する各種プロダクトと事業の開発に取り組んでいる。

川下 和彦 (かわした・かずひこ)
株式会社quantum執行役員VP of Creative
Creative Director2000年博報堂入社。マーケティング、PR、広告制作など、多岐にわたるクリエイティブ業務を経験。17年春より、新規事業開発を専門とする博報堂グループのスタートアップスタジオquantum(クオンタム)に参画。クリエイティブ統括役員として、広告創造技術を応用し、「発想」から「実装」までパートナー企業との事業創造に取り組む。著書に『コネ持ち父さん コネなし父さん』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、たむらようこ氏との共著『がんばらない戦略』(アスコム)などがある。


取材・文/小山田裕哉 撮影/鈴木大喜

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