量子技術とは
今回は、「量子技術」について記事を書こうと思います。
この記事では、基礎的な物理学の内容を理解せずとも、量子技術をざっくり理解できるようになることを目指しています!!
さて、量子技術には、
といった3種類の大きなアプリケーションがあります。この記事では、それぞれの技術についてざっくりと解説していこうと思います。
1. 量子コンピュータ
量子コンピュータとは、量子力学という物理学の法則に従って動作する、全く新しい方式のコンピュータです。
今日では、世界中の大学や研究機関、そしてGoogleやIBMといった大企業からスタートアップまでが、量子コンピュータの開発をめぐって熾烈な競争を繰り広げています。
それではなぜ、各国の研究機関や産業界がこの量子コンピュータの開発に取り組んでいるのか。それは、量子コンピュータは、スーパーコンピュータでも解くことが難しいような問題を処理する能力を秘めているからです。
量子超越性を例に
量子コンピュータの能力を具体的に想像してもらうために、2019年にGoogleが実証した量子超越性(りょうしちょうえつせい)を取り上げたいと思います。
量子超越性を簡単に説明しますと、Googleが量子コンピュータを使って、スーパーコンピュータでさえも1万年かかる問題を200秒で解いたという内容です [1]。さらに、2020年には中国のグループも、Googleに次いで量子超越性を達成しました [2]。
このように、スーパーコンピュータを用いても解くのに膨大な年月がかかる問題を、短時間に解くことができたのです。つまり、量子コンピュータには人類が直面している複雑な問題を解く可能性を秘めた計算機なのです。
しかし、ここで注意して頂きたいことがあります。
量子コンピュータは、確かに非常に強力な計算能力を持っているのですが、量子コンピュータはどんな問題でも高速に処理できるわけではありません。
実は、良いアルゴリズム(量子アルゴリズム)が見つかっている問題に関してのみ、量子コンピュータを用いることで高速な情報処理が可能になるのです。
2. 量子シミュレータ
次にご紹介するのは量子シミュレータです。
量子シミュレータとは、量子力学の法則に従う非常に複雑な物理系の振舞いをシミュレートするための、手法の一つです。概念としては、量子コンピュータに近いものがあります。
高温超伝導を例に
具体例を出して説明しましょう。例えば、多くの研究者が夢見る物質の一つに高温超伝導があります。超伝導とは、電気抵抗がゼロになる夢のような技術です。すでに、MRIやリニアモーターカーといったところでは超伝導の技術が使用されています。しかし、通常は超伝導を実現しようとすると、何らかの物質を非常に低い温度まで冷やすことが必要になります。
しかし、近年比較的高い温度でこの超伝導現象が出現することが様々な研究で確認されています。これを高温超伝導といいます。
超伝導が発生する温度を高くすればするほど、安価な冷媒で超伝導を実現することが可能となり、超伝導の幅広いアプリケーションにつながると期待されています。
しかし、高い温度で超伝導現象が発生するメカニズム自体は、現在でも分かっていません。この高温超伝導を詳しく理解するためには、実は、物質中の電子の振舞い(動き)を理解する必要があります。
しかし、物質中の多数の電子の振舞いをコンピュータで愚直にシミュレーションしようとしても、実は簡単には解けません。これは、電子が量子であることと、電子間には複雑な相互作用が働いていることが理由です。
このあたりの計算の難しさに関しては、今後の記事で解説していこうと思います。
量子の振舞いを再現する!?
さて、ここで登場するのが量子シミュレータです。計算の対象が量子力学的な振る舞いをしているのであれば、それを何らかの"制御可能な量子系"を使って再現してしまえばいいというわけです。
先ほどの高温超伝導の例で考えてみましょう。高温超伝導を理解するためには、物質中(固体中)の電子の動きを理解する必要がありました。そこで、物質中の電子の振舞いを理解したいのであれば、実験室で制御可能な量子系を準備して、それを物質中の電子として見立てることで、間接的に電子の振舞いを再現することができます。この考え方を量子シミュレーションと言います。
今後の記事で詳しい量子シミュレーションの解説をしていく予定です。
詳しい内容を知りたい方のために、研究者がよく参照する量子シミュレーションに関するレビュー論文を参考文献として載せておきます [3]。
3. 量子センシング
さて、最後にご紹介するのは量子センシングです。名前の通り、センシングつまり計測技術です。量子センシングでは、量子をセンサとして用いることで、これまでの技術では到達できなかった分解能や感度を実現できます。
例えば、
・1秒を正確に刻むことができる光格子時計や原子時計
・極低温まで冷却された原子の波(ドブロイ波)を用いることで、重力加速度、角速度や加速度を計測することができる原子干渉計(原子慣性センサ)
・ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センタを用いた磁気センサ
といった様々な例があります。
量子センシングでは、さらに量子もつれ(エンタングルメント)といった量子特有の性質を用いることで、いままでの物理学では到達不可能な計測感度を実現することができます。
今後の記事では、量子センシングに関しても詳しい解説をしていこうと思います。量子センシングに関しても、有名なレビュー論文を参考文献として載せておきます [4]。
終わりに
今回は、量子技術の全体像をお伝えしました。どの量子技術においても量子状態を究極的に制御することで実現可能となる技術です。このnoteでは、様々な量子技術について詳しく解説した記事を執筆していこうと思います。
参考文献
[1] F. Arute et al., Quantum supremacy using a programmable superconducting processor, Nature 574, 505 (2019).
[2] H.-S. Zhong et al., Quantum computational advantage using photons, Science 370, 1460 (2020).
[3] I. M. Georgescu, S. Ashhab, and F. Nori, Quantum simulation, arXiv:1308.6253 (2014). or Rev. Mod. Phys. 86, 153 (2014).
[4] C. L. Degen, F. Reinhard, and P. Cappellaro, Quantum sensing, arXiv:1611.02427 (2017). or Rev. Mod. Phys. 89, 035002 (2017).