ニーチェの話

歌会録Ⅰ- 四での「これはニーチェだな」という発言について



鳥居 これは、神は死んでいるんですよ。でも死んでないんですよ。みんなの中ではまだ死んでないんだよ。本当の神、神としてのキリストはもう死んでしまった。十字架にかけられて死んでしまったけれど、みんなそれに気づかないふりをしている……。
山城 神は死んでいるけど死んでいないのだから、私(編集注: 作中主体)がそのみんなの中の神を殺さなければならないんだと。
鳥居 そう、殺さなければいけない。
山城 そこに戻ってくる。
鳥居 戻ってくる。
山城 じゃあ、これはもしかしたらニーチェと同じことを言っているのかもしれないね。
鳥居 そう、これはニーチェだなと思いました。


ネットプリント版Quaijiu Vol.1の歌会録Ⅰ- 四では、私鳥居はこのような発言をしました。これについて、怪獣歌会のようなフェミニズムを目指した団体が、ニーチェのような性差別者を引き合いに出すのは不適切ではないか、また、ニーチェに言及する流れで「神は死んでいる」と言うことはキリスト教へのヘイトスピーチではないかとのご指摘がありました。結論から言うと、ニーチェが性差別者だからといって、それを引くのが不適切であるとは言えないし、ニーチェの文脈で「神の死」について話すことがキリスト教へのヘイトスピーチであるとも思いません。ただ言葉足らずな言い方をしてしまって、それで悲しむ人がいたことは申し訳なく思います。

この発言については、ニーチェの「既存の支配的な道徳を破壊し、新しい道徳を作らないといけない」という部分を意図していました。

本稿では、それについての詳しい説明をします。

ニーチェは性差別者だったか?

ニーチェは性差別者だということは残念ながら本当とされています。例えば『ツァラトゥストラはかく語りき』でも、女は支配されて喜ぶなんていう見当違いのことを老婆に言わせるシーンがあるし、『道徳の系譜』でも、悪口としてフェミニズムという言葉を使っている。そこは時代的な限界はあったにせよ、十分に批判される必要があります。

だからといってニーチェを読む意義は全く無いかというとそうではありません。神や道徳や社会について考える時に、ニーチェがたどった道から学べることは数多くあるからです。

神を見失い狂った男

ニーチェは「神は死んだ」との言葉で有名です。著作の中でも、わりと連発しているといってもよいでしょう。この稿では、『喜ばしき知恵』の125段「狂乱の男」という短編に出てくるものを例にとります。ここは、最も有名な箇所であるし、ニーチェが何を考えていたかを説明するために大切なことが揃っているから。

ニーチェは寓話のような短い話をたくさん書いていて、これもその中の一つです。

この「狂乱の男」は、昼間からカンテラを持った男が、「神はどこにいる!」と言いながら広場を走り回る話です。広場にはちょうど神を信じない人々が集まっていたため、男はひどい物笑いの種になります。人々は男をからかって、「神様はどこに行っちゃったんでしょうね?」「隠れんぼかな?」「船で出ちゃったんじゃね?」と口々に返します。男はそれに答えて言います。

「神はどこへ行ったかだと」――彼が叫んだ――「はっきり言ってやろう。 われわれが神を殺したのだ。 ――諸君と私が! われわれ全員が神の殺害者なのだ!」(強調は原文では傍点 村井則夫 訳『喜ばしき知恵』河出書房新社 pp.217)

この発言からは2つの意味を読み取ることができます。

ひとつは、神の子であるイエス・キリストを、十字架にかけてしまったこと。もうひとつは、近代の世界では、神は「根拠を支える」だけの力をもたなくなってしまったこと。

ひとつ目からいきましょう。2000年前の話です。キリスト教では神は一度殺されました。これはニーチェでなくても言えることで、聖書に書いてある。皆よく知っていることです。イエス・キリストはユダに裏切られ、十字架にかけられました。(マタイ27-50、マルコ15-37、ルカ23-46、ヨハネ19.30)人間であるわれわれが罪なき神の子を殺してしまった。3日後に復活したらしいとはいえ、これは大変なことです。ここで大切なのは、たとえ神を殺したからといってそこで宗教が終わるわけではないということ。むしろその負い目のもとで、キリスト教はその後ヨーロッパ世界を支配するまでに大きくなりました。

ふたつ目は、近代の世界の話です。ニーチェは1844年生まれなので、150年ほど前のことです。この時代では、神は「根拠を支える」だけの力をもたなくなってしまっていました。

根拠を支える神というもの

どういうことでしょう。この「根拠を支える」というのは、話すととても長くなってしまうのですが、一言で言ってしまうと、大切で本質的な人生に対する問いに、神を理由にして答えられなくなってしまったということを指します。例えば「人はなぜ生きるのか?」とか、「人はなぜ生まれた?」とか、「善とは何か?」という問いがあります。そこに「神がそう望んだからだ!」「神のことばに従うことだ!」という答えを出しても人々が納得できなくなってしまった。この悩みはキリスト者にもかかわるものです。ニーチェも若い時は神学部に通っていた。そういう人が「神の死」を言う、ということをよく考えてほしい。ニーチェの時代でさえ、神に拠って生きるのは、簡単なことではなくなってしまっていた。

ニーチェは、キリスト教は人々の生を支えるに足りないものになってしまったと考えていました。それでいて、人々の価値判断、何が良くて何が悪いのか、何が道徳的であり、何をしたら他の人から責められても仕方ないのか、その基準として、道徳としてキリスト教は、神は人々の中にまだあったわけです。神は死んでしまった、けれどまだ死んでいない、とはそういうことです。「根拠を支え」られなくなった神が、「道徳」として居座っている。神を信じない人々であろうと、それについては無批判だったようにニーチェには思えたのでしょう。そんな状況を見て、ニーチェは「もうたくさんだ!もうたくさんだ!」(『道徳の系譜』)とくり返します。

ニーチェにとって重要だったのは、神を殺すことではなく、近代人にとって神が頼りなくなってしまったとして、じゃあそのあとどうする? ということです。神をそう簡単に信じられなくなってしまった人が、どうやって生を支えていくか、どうやって生まれてきたことに意味があると言い切るか。ニーチェはそれを考える道筋を作った人だからすごいし、読む価値があります。


ニーチェがあんなに激しく宗教を批判したのは、宗教をなくしてしまうことを意図していたわけではありません。ただ人々の生を支えきれていない、それでいて禁欲や隷従ばかり説いているように見えた、人に人の命令を聴かせる道具となってしまっていた当時の宗教を、いかに人々がそれに拠って生きるに足るものに読み替えていくかという意図があったからです。

そこでニーチェが書いたのが『ツァラトゥストラはかく語りき』で、これは聖書を意識してパロディにしています。(岩波文庫解説より)このパロディも、聖書の読み直しを通じて、より生きるに足る教義を目指すという意図なのでしょう。

Quaijiuの話に戻ります。「これはニーチェだね」という発言、それはニーチェの言う既存の支配的な道徳を破壊し、新しい道徳を作らないといけないという部分を意図していました。Quaijiu紙面での発言では、神が「彼」と表象されていて、人々がそれで平気でいること(男性原理であり、神が「彼」であることを良しとする道徳自体)と、「神」そのものが混ざってしまっていた。殺さないといけないのは前者です。この稿ではニーチェの話をする関係で、神学側の現在については触れられませんでしたが、「神の死の神学」、「フェミニズム神学」といった思索や実践が神学側からもなされています。

鳥居萌

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