Rapidusと先端半導体2nmの意味-2023年9月
1日、Rapidus株式会社は北海道千歳の工場建設予定地で起工式を行いました。
Rapidusと連携する国内外の関係各社の他、北海道知事や千歳市長らも出席、岸田首相からメッセージも寄せられるなど同社に対する期待の大きさを物語っています。
ラピダス起工式に半導体大手トップがそろい踏み、岸田首相もメッセージhttps://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01537/00925/
RapidusはIBMから技術ライセンスを受け、長らく国内で途絶えていた最先端半導体製造に復帰するため2nm世代以降の製造を行う企業として設立され、NEDOのポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業に採択され2022年度に上限700億円、2023年度に上限2600億円の政府支援を受け、最先端半導体の生産を目指します。
半導体製造は先に市場に先端技術で造られる新製品を提供できた企業が市場のシェアを独占し、ライバル企業に追いつかれるまでの間の高収益で稼ぎ出した利益などで次世代、或いは更にその先の新世代製品のための研究開発費用に充当する事で優位を維持するという競争原理に基づいて発展してきており、その製品サイクルの短さからも当初期待された収益が上げられず技術力や資本体力が続かずに脱落する企業を振り払い、現在は3nmの製品を投入している台湾のTSMCとそれに次ぐ韓国のSamsung電子が二強という構図が定着してきています。
一般的な産業では次の技術トレンドは種々雑多にありどれが本命の技術になるかはその時になってみないと確定しないので、後出しでシェアを奪いに行く事も理にかなった行動ですが、技術トレンドや製品サイクルの短い半導体産業では立ち止まって熟慮しているとあっという間に時代遅れになってしまい今の優位を失っています。
TSMCは製造のみを請け負う事で製造技術の研究開発に莫大な資力を注力する事で、またSamsung電子は半導体の中でも汎用品であるメモリ製造に特化し集中投資する事でそれぞれの分野で優位を築いてきました。
ナノメートルとは
RapidusがIBMから技術供与を受け、半導体製造各社も2020年代後半に量産化を目指している「2nm」はどういったものでしょうか。
半導体のチップは「ムーアの法則」という経験則に導かれるように微細加工競争が繰り広げられてきました。
その中で「nm(ナノメートル)」は製造装置やプロセスのその時々の制限からどのような製造プロセスなのかを推し量る指標とされてきました。
値は半導体チップの中に造り込まれる回路線幅やトランジスタのゲート長を表すとされ小さく造れるほど多くのトランジスタなどの素子を集積するのにチップの面積を拡大する代わりに単位面積内に素子を多く造り込む事でチップとしての処理能力は高まり、素子間も短くなるので高速になり、また消費する電力も少なくなり高性能であると見做されます。
実際には高速化のために駆動電圧は微細化の恩恵分よりも高めていく方向になるので世代が進んでも消費電力の削減による低発熱省エネ効果は得られにくくなってきていますが製造する側もチップ一つを小さくする方が同じ工程でも生産さできる製品としてのチップの数は1/√2(約0.7倍)で0.5倍の面積で済み多く生産できてコスト的に有利な事から積極的に微細化加工プロセスと製造技術を向上させてきました。
現在では回路線の幅やトランジスタのゲート長など何を表すのかについては曖昧になってきていますが世代を表す指標として「ミクロン」から「ナノメートル(nm)」と水素原子数個分の幅に達しており、回路を移動する電子の特性や製造する際に克服すべき工学的な問題からも物理的限界に近付きつつあるとされ、微細化だけではなく三次元で積層するような技術も注目されています。
そんな中でも微細化に対する研究は続けられており、初期の平面的なパターンからゲートを立体的に造形していく事で微細化で減少してきた接触を確保し電子を通す面積を確保するようになってきています。
次世代の2nmではGAA(Gate All Around)というチャンネルをぐるっと覆ってしまうような次世代トランジスタの量産技術の確立が目指されています。
これが実現すると消費電力は半分程度、性能は30%向上、そして45%の面積削減となり製品の高い収益性が期待されるものとなっています。
各社でそれぞれ工程は若干違ってくると見られますが、普段は水面下で進められてきた半導体製造が具体化していく過程をRapidusという会社の立ち上げを通じて垣間見ることが出来るというのは稀有な時代にあると言えるかもしれません。
国策半導体プロジェクトの意義
国内で最先端半導体製造するというRapidusの構想が打ち出された時、真っ先に勝算がないと批判が噴出したのは超えるべき技術的ハードルの高さと共に、過去の「国プロの黒歴史」が想起されたからでもあるようです。
半導体国家プロジェクト、コンソーシアム
・超LSI技術研究組合(1976-1980)-通産省(700億円) 電子線描画装置、ステッパ国産化
・半導体産業研究所(SIRIJ)(1994-2015)
・半導体理工学研究センター(STARC)(1995-2016)
・超先端電子技術開発機構(ASET)(1996-2013)
・半導体先端テクノロジーズ(Selete)(1996-2006)
・共同ファブ構想(1999-2005)-経産省、11社 トレセンティテクノロジーズ
・あすか(2001-2005)-民間(840億円)0.07ミクロンの微細化技術開発、試作
・MIRAI(2001-2010)-経産省(300億円)0.07-0.05ミクロン開発、試作
・HALCA(2001-2005)-産官学(80億円)ミニファブ、省エネ技術の推進
・DIINプロジェクト(2001-2007)-産学官(125億円)
・先端SoC基盤技術 開発(ASPLA)(2002-2005)-経産省(315億円)、11社(18.5億)
・極端紫外線露光システム技術開発機構(EUVA)(2002-2010)、EIDECは2019年まで
・次世代半導体材料技術研究組合(CASMAT)(2003-2013)
・つくば半導体コンソーシアム(TSC)(2006-2010)
・あすかⅡ(2006-2010)-(200億円)産学連携教育、先端プロセス デバイス研究
超LSI技術研究組合は日本の半導体産業の黄金期の礎となったと言っても過言ではない程の大きな成果を残しましたが、それ以降、日本がアメリカや韓国に半導体のシェアを奪われていく過程で、それを食い止めようと繰り出された国策半導体政策(国プロ)が期待されていた日本の半導体産業の復権を果たす事なく製造を断念するように撤退していった事から失敗の象徴とみなされてきました。
また、政治不信から利権による癒着や官僚の天下りの為に用意された枠組みとみなされ批判されてきた事もRapidusを批判する声が上がった一因となっていました。
しかし、MIRAI(みらい)はリークを防ぐ絶縁膜や露光関連の要素技術、あすかプロジェクトではSoCの設計環境、プロセス開発、あすかⅡでは半導体人材を多く輩出する事に貢献し、HALCA(はるか)プロジェクトは少量多品種生産時代を見越したミニファブ構想などそれぞれの「国プロ」は多くが当初の目標を達成し、要素技術の開発などで成果を残しています。
では、なぜ失敗の烙印を押されたのか。
それは日本半導体復権と言う大項目が達成できなかったのが大きかったようで、設定された目標では成果を上げたのに期待された結果に繋がらなかった背景には、経産省側の担当者が数年おきに「異動」で入れ替わってしまう為、前任者との積み上げが引き継がれずに目標がブレてしまう事があったと言う事は日本の国プロのネガ要因として挙げられますが、参加企業が自社で生産出来た垂直統合型企業であったと言う事も要因としてあったようです。
参加各社は自社でも独自に研究開発を進めていた事から共同研究で研究成果がライバルとなる他社に漏れる事を恐れ、最も有望な技術や研究者を出し惜しみした事や、共同研究による成果を自社の製造に積極的には組み入れなかった事から国プロの成果が十分に生かされなかったようです。
また、共同研究に少なくない人材を「供出」したり、都度詳細な報告を求められ、その対応にリソースを割かれてしまう事も企業側には負担となりマイナス要因となったようです。
これらの事から技術の共有と吸収する場を提供し競争促進を促し、個々企業の開発費用負担を軽減する産業政策では導入期は上手く行くものの、成長期においては同業者との協調によるメリットが薄れ、また競合国からは警戒され中核技術の導入が難しくなっていく事が難しくする背景にあるようです。
これは日本に限った話ではなく韓国や台湾でも国家的事業として半導体産業の参入に必要な技術開発と商業ベースに乗せ民間企業への展開という導入期の産業政策は概ね上手く行くいくものの、成長期における国家プロジェクトやコンソーシアムでは目的が希薄化して研究のための研究に陥ってしまい企業にとっては恩恵の少ない物となっていました。
中国も早くから国家主導による半導体国産化の五ヶ年計画などを繰り返してきましたが、経済的な発展具合や軍事優先とされてきた事などから2000年代に入るまでは成果に乏しいものでした。
しかし米国のSEMATECHや欧州のIMECにおいては今に繋がる幾つもの成果を出せていました。
日本を含む東アジア各国の研究と違うのは政権が変わったりしても研究を支援して継続する枠組みになっていた事と、国境を越えた国際的な研究機関としての役割を担っていた事があるかと思います。
東アジアでは国家と自国企業のみがプロジェクトの中心であり、目標とされるようなライバル国からは競争相手と見なされ技術保護主義的になって先端分野での協力が仰げなくなってしまうのに対し、関係を国際的に広げたことは水平分業化がなされた時代において互いに協力しあう関係性の構築という役割も担ってきたと言えそうです。
これは半導体に求められる要素技術が高度化していく時に研究設備の相互利用や得意分野を持ちよりクロスライセンスで研究を加速させることが出来た事も意味します。
Rapidusの課題
Rapidusが乗り越えなくてはならない課題は多くあります。
・技術
GAAを実現する技術の量産工程での確立
・経営
2nm世代の半導体製品を必要とする顧客の獲得
・国の支援
経営が軌道に乗るまで支援が続くのか、内閣の変更など政治的な要因で支援が縮小や打ち切られる可能性
IBMからは2nmのGAAに関する技術的な知見や特許などが開示されると見られますが製造工場においてそれらを再現し、更に安定して採算性のある歩留まりを早期に実現していく必要があります。
日本のロジック半導体は40nm世代で進歩を止めてしまったため、そこからは少なく見積もっても10数年のギャップがあります。
Rapidusや技術開発支援にあたるLSTCにはIBMでスーパーコンピュータ用チップの開発業務にあたっていた小林正治氏やIMECでFinFETやナノシートの研究開発に携わっていた富田一行氏ら実務経験者が加わっており、数十人規模の技術者をIBMの研究施設に送って技術習得している段階なので全くの手探りではないにしろ空白の時間を埋めるハードルはとてつもなく高いものに違いありません。
経営面ではTSMCなどとは競合しないと伝えられており、従来のファウンドリにおける大量生産とは一線を画す事業を模索すると言われています。
採算性を確保するため製造ラインを素早く立ち上げ、早期に稼働するのに各社様々なアプローチをとりますがIntel社では極めて厳格に装置などを規定して、それを他の工場を新設する時にそっくり再現するコピーイクザクトリー(完全複写)という手法が知られています。
またSamsung電子では通常1~2年程度は掛かるとされる半導体のメガファブを半年で立ち上げ、工事と並行して精密機器を搬入するような荒業を行っていたとされます。
TSMCでは業界第一位の資本力を活かし、他社が真似できない程のテストを短期間で大量に繰り返す事で早期に生産データを蓄積して工程の最適化で歩留まりを高める手法を執っているといいます。
Rapidusではこれらの巨人に太刀打ちする方策として、全工程の枚様式を採用すると言う事です。
半導体製造では加熱処理など工程によっては25枚や50枚のウェハを纏めて処理するバッチ式の工程が採られます。
Rapidusの小池社長によれば枚様式にする事でウェハ一枚単位でデータを採る事が出来るため経験の蓄積が早く、また修正も一枚単位に出来る事から歩留まりを早期に高められるとの事です。
これは小池社長がトレセンティテクノロジーズ時代にも行っていた事だそうで、当時一枚製造するのに1ヶ月程度要していたもののうち「特急」という割増料金で製造を急いでもらう場合は一週間で出来ていた経験からRapidusでも「短TAT」でこれまでのファウンドリよりも格段に時間短縮が出来ると見積もっているようです。
ただし枚様式ではウェハ一枚の製造単価が高くなってしまいます。
この問題も最新から3世代までしかやらない事で高付加価値を追求するのだそうです。
半導体製造では最新製品の付加価値が極めてく収益の半分以上を稼ぎ出していますが、逆にいうと設備の減価償却が終わっている「レガシー」と言われるような古い世代の製品でも半分近くの利益を上げられる事になります。
アメリカに最先端の半導体製造を封じられた中国は制裁の対象になっていないレガシー分野に注力して最高益を更新しており、今後は国内半導体業界の底上げを狙っているようでレガシーを切り捨てるというRapidusの将来採算性を疑問視する声も上がっています。
常にライバル他社に先行して付加価値の高い製品を投入し続けられるか、そのための研究開発を続けられるのかに同社の将来がかかっているようです。
また、最先端の半導体チップを必要とする顧客がどれほどいるのかが未知数要因です。
これはRapidusが予定している「シャトルサービス」に関わってきます。
通常は一枚のウェハには同一の製品を幾つも並べた形で造り込んでいきますが、シャトルサービスでは少量だけ必要とする研究機関やベンチャー企業のサンプル品などに対応る為、一枚のウェハに複数の顧客の製品を「相乗り」して製造します。
生成AIや自動運転分野での半導体需要増は予想されていますが、大量生産とは一線を画してこういったサービスを利用したいと言う顧客をどう開拓していくのかが問題になります。
半導体産業はラジオやテレビ、電卓、VTRなどその時々で半導体の小型化、高性能化によって実現できた「キーデバイス」の登場が相乗効果となって発展して来ました。
最先端半導体でどのようにして「キーデバイス」を創出していくのかの筋道が見えているのかは、なかなか明かせない部分でもあり、それが現時点で不安や疑問を増大させているのかもしれません。
更にシャトルサービス自体はTSMCでも既に行っている事からTSMCとは競合しないと言う同社の方針が実現するのかを不安視する声もあります。
微細化が進むにつれ半導体製造の難易度が上がり自社工場で上手く製造できるように設計の段階から自社の設備に最適化するようになってきており、特に製造受託に特化したTSMCでは顧客に自社のIPライブラリを展開して設計をサポートする事で「顧客の囲い込み」を進めてきました。
Rapidusでも同様に顧客の設計に対してサポートが必要になりますが、さらに踏み込んで製品の企画段階からアドバイスするような事を計画しています。
パソコンのCPUのような大量生産汎用品ではなく、ある機能に特化した専用チップの製造受託を想定しるようです。
これは垂直統合型企業であり、グループ企業製品と開発段階から平行開発が出来るSamsung電子に近い考え方かもしれません。
こういったビジネスモデルであっても突き詰めていけばコスト競争に発展していく場合、どう対処するのかに対する明確な回答は今のところ得られていないように思います。
また設計ソフト(EDA)をどう構築するのかも問題になりそうです。
手っ取り早く製品や実績のある他社と協力するか企業買収など自社に取り込んでしまうかなど方法はいくつか考えられますがそれも現時点では明確に表に出て来ない要素となっています。
政治的な立ち位置では、将来的には需要と供給のバランスが交互に変わるシリコンサイクルによって半導体不足はいずれは緩和されるとみられており、その時に採算が取れていなければ国民から疑問視する声が上がり、国際情勢などの煽りがあれば日本で最先端半導体を製造する必要があるのかと言う世論が形成されると将来的な資金援助が得られなくなり事業継続が危ぶまれかねません。
これに関して小池社長はトレセンティテクノロジーズ社長時代に、そういった政治的な動きを嫌い避けてきた事からパワーポリティクスに負けて会社が吸収合併されてしまった反省から自民党半導体議連などの政治家にも働きかけて来たと言います。
それが無ければ数兆円規模の支援を引き出す事は出来ないでしょう。
また熊本に進出したTSMC工場をはじめとして各国の半導体企業が日本に製造工場や研究施設の進出を加速させる流れの中で、それを支える「高度半導体人材」の育成も課題になってきています。
各地の大学に「半導体学科」が新設されるなど、この流れも加速させなくては人手不足によって事業が継続できない可能性も以前から業界関係者や識者から指摘されてきました。
近年では台湾やアメリカなどでも半導体高度人材の確保が問題になりつつあります。
半導体は多くの産業に不可欠と言うコンセンサスが形成され、また日本の置かれた地政学的リスクの認識が共有されている今、かつての日本半導体が世界の過半数のシェアを誇っていた時代を知る先達からの教えを受けられる今が最後のチャンスと奮起する時である事は間違いないようです。
そこに共感して課題山積なのを承知でRapidusに加わった多くの人達の日本の半導体産業復権という想いが成就し、華々しい成果が上がる事を期待せずにはいられません。
参考資料
・書籍
・web
■次世代半導体プロジェクトのアップデート 令和5年4月 経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/post5g/230425.pdf
■一般財団法人武田計測先端知財団
http://www.takeda-foundation.jp/reports/index.htm
■国策半導体の失敗、負け続けた20年の歴史、親会社・国依存から脱却を
■次世代トランジスタ構造 「GAA」 とは何か?
■2000年初頭主に製造技術にかかわる官民一体のプロジェクトがスタート
■半導体産業における共同研究開発の歴史 立本 博文 東京大学ものづくり経営研究センター
https://www.jstage.jst.go.jp/article/amr/7/5/7_070502/_pdf
■次世代半導体材料・プロセス基盤(MIRAI)プロジェクト 事業原簿