性別に向き合いだそうとしたきっかけ
Twitterやらsnsも流行っていなかった学生の頃、心の整理がつかないときによく知恵袋(匿名で質問を投稿できるサイト)にお世話になっていた。
部屋を片付けていると、OKWAVEというサイトに投稿したスレッドを印刷した紙を見つけた。
(正確には、本棚につっこんでて片づけのたびに見つけるだけなんだけど)
22歳。そこには女性として見られることが苦痛だったこと、私が性同一性障害か、そうでなかったら私は誰なのか(概略)を、呪いのように訴えかけていた私がいた。
わたしが、いわゆる学問としての、ジェンダーやセクシャルマイノリティという言葉に出会ったのは大学生のころだった。
あなたは何者なんですか、と社会に圧迫され続けていることはいまもかわらないものの、当時は名称にこだわりが強かった。
当時「FtM」という言葉を知った時はこれだ!これだ!と思って、なにかにつけてそればっかりになっていた気がする。
帰属意識はあってないようなものでいい
そんな訴えをなだめるようについた回答は、「性同一性障害」といってくるものもあれば、男女にこだわりすぎなくてもよいといったことまであった。
自分が一番知りたかったはずなのに、いざ人に相談してみても、否定も肯定もなくていまいちピンとこなかった。
当時の私にしてみたら、どこかに依りかかれたら、この鬱屈としたものを払しょくしたかった。違和感たるものをどこかに昇華して、自分はこういう人間なんです、って理解できなければ、社会参画できないようないたたまれななさがあった。
自分が思っていることを素直に信じられずにいた。
そんなときにしっくりきた回答だった。
この言葉に感化されながら、他大学のサークルにアクセスしてみたり、セクマイに関した講演会で話をききにいったり。そうこうするうちに気は紛れていった。
だらだらと時代が変わってきたこともあっていまは、珍しくはない程度に、セクシャルマイノリティに関するさまざまなラベルを見かけるようになった。
当時から望んでいた(望まれていた)「わたしは何者であるか」はとりあえずは腑に落ちているとは思う。
それだけは安心してくれ、過去の自分よ。
かといって身内の考えが変わったとか進展はない。
ま、でも他人を変えようとか固執することはなくなった気がするので
それも、ま、よしとしよう。
どうありたいのかは定まらなくても。
結局、当時の私がはまる「正解さがし」をしていたという感じだった。
悩みそのものは未解決のままなのだろうが、傷口がふさがれているのならばわざわざいじる必要もないだろう。
この紙がまだ手元に残っているのは、その時期をなかったことにしないために、整理するためのもの。
クリニックには金銭的な面で行かなかったけれど、また悩みに奔走する時があったときは、大人としていきたければいってもいい気がしている。そのときにはもうぶれた手段ではないと思うから。
自分からはもうふさぎこみたくないな。
昔のようにふさいでいるよりも、いつかこういう話できるだれかがいたらいいなって、それを求めて生きるのも悪くないんじゃないかなって。
「諦めてもいいけど、絶望はしない」。
解決できる保証はなくとも「違和感」をスルーしなくていいよ、と
いいたい。