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音だけで、水に溺れる。(音声作品「イルミラージュ・ソーダ」感想)(追記:溺れた先の話)

(※ネタバレにはある程度配慮しましたがちょっと自信はないです。ちょっとでも不安でしたら閉じてとりあえず作品聴いてみてください)

 何の心の準備もなく、突然プールに突き落とされたことがある。
 耳元を過ぎていく水の感触、着たままの服がたちまち水を吸って重たくなっていく。水面越しの真夏の青空。布が纏わりついて重たい手足で掻い潜る水の感触。
 数年前の、一瞬の出来事。だけど、最初のトラックを聴いた瞬間に、一気に肌に、視界に、蘇ってきた。
 ただ、音を聴いただけなのに。

(ちなみにこのプールの一件は、前職の職場の子どもの悪戯であって事件性などは全くないことは断っておきます。良い思い出です。)

 「イルミラージュ・ソーダ 〜終わる世界と夏の夢〜」

(今なら20%オフ!)

 突然、公式Twitterで発表された作品は、カウントダウン式に、少しずつ作品の片鱗が、私たちの前に露わにされていった。音声作品がこういうプロモーションで出されるのを、(少なくとも私は)初めて目の当たりにした。
 そしてテーマが「世界が終わるまでの時間」、いわゆる「終末もの」ということで、少しずつあらわになっていくヒロインの音声にも、ノイズが走る。

 どうして世界が終わろうとしているのか。
 どうしてその世界の中で、“聴き手“と“ヒロイン“だけが残っているのか。
 どうしてそのたった二人の間にさえ、このノイズが走るのか。

 疑問が妄想に拍車をかけて、気付いたらヒロインの“水仙サカナ“のことばっかり考えて数日が過ぎた。見事にハメられている。さすが私。


 そして発売された日。
 やるべきことを全て終わらせて、ドキドキしながら再生をした。

 突然、水底に引き摺り込まれた。目を閉じる。水面がどんどん遠のいていく。水泡が肌を掠めていく感覚。そしてその水の中でもいろんな方向に、振り回されていく感覚。怖い、と思った。ベッドの上で体育座りしてイヤホンで音を聴いているだけ。それだけでここまでの感覚を引き起こされていく。
 水と、泡の弾ける音の向こうで、誰かの声がする。なんて言ってるのかわからないけど、あれがきっと“水仙サカナ“で、
 私は、彼女の“先生“なんだ。

 最初のトラックは、私をあの「世界が終わる世界」に問答無用で引き摺り込むための時間だったんだ、と後になってから気付いた。

前回の記事みたいな、音声作品をそれなりにたくさん聴いてきているけど、今まで触れた作品は、ある程度“聴き手“と“ヒロイン“の位置関係、関係性が事前に情報として与えられて、足りないところをストーリーの中から補完しながら、ちょっとずつ物語の中に没入していくことが多かった。もちろん、その作業は楽しい。ストーリーの中での“私“の行動、言動は決められていて、その通りにしか動けないけど、その守られた空間に安らいだり、またはちょっと引いた位置からストーリーを眺めるという楽しみ方だってできる(いわゆる“壁になる“ってやつ)。

 でも今回は、違う。

 私が“水仙サカナ“について知っていることは、何もない。
 水仙サカナが“私“について知っていることも、何もない。
 ――学校での、“先生“と“生徒“としてのこと以外は。

 だから、できることは限られている。だって、この世界が今日で終わること、私が水仙サカナの先生であること、それだけしか、この世界に確かなものがない。補完できる情報はない。時折、水音やノイズに遮られて振り回されて、近くに息遣いを感じてもそれは時にはずっと遠くに思えて、不安になる。ここの奥野香耶さんの演技が、本当にすごい。サカナ、って名前を呼びたいのに、声が出ない。

私は、「音声を聴いているだけ」なのに。


 だからこそ、作品の後半の“ある仕掛け“
 何があっても、まずは最後まで再生しようと思っていたけど、あの時間は、ほとんど懇願に近い気持ちで聴いていたように思う。この“聴き手が聴き手でい続ける“と言う行為を選んだことが、“あの瞬間“につながったと言う体験をして、静かに涙した。
 これから聴く人に向けて、これ以上内容には触れないけど、どうか、何も考えずに最後まで聴いてほしい。

 明らかに、今まで世に出ている「音声作品」と比べて異色な作品だと思う。
 どちらが良い、優れている、の尺度は嵌まらない。だってこれを聴いたからって今まで聴いてきた作品の価値が私の中で落ちることもない。個人の趣味嗜好もあるしね。
 でも、本当にこの作品に出会えて良かったと、心の底から思う。音の渦から記憶や感触、感情、思いを探し出す体験、自分の意志とは違う方向に意識が引き込まれる体験。少なくとも私が知る限り、今、それに触れさせてくれるのは、ここだけだ。
 すごい世界を作ってくれた。作った人たちは、どんな解像度でこの世界を見ているんだろう、とただ感嘆しかない。この作品に出会えて、溺れることができて良かった。

 水の跳ねる音、泡の弾ける音、雨の音。
 そういう音に触れるたびに、きっとこの夏じゅう、私は、サカナの影を探すだろう。そう思った。

(ダメ押しでもう一度作品リンクを置く)



8/27追記

  SukeraSonoさんのレビューキャンペーンの色紙が当選してしまいました……受け取ったタイミングが誕生日翌日で、思いがけない誕生日プレゼントになりました。

  水仙サカナに出会ってしまったこの夏が、幻じゃなかった。幻にさせてもらえなくなってしまった。

  ただひとつの作品に、音に、声に、こんなに気持ちを握られてしまう夏はもしかしたらもう最初で最後かもしれない。そう思った夏でした。

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