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非常事態宣言下に於けるフィクショナルエキシビションレポート2


栗栖馬伝個展「Return it as it is」

前回レポートしたギャラリーINFECTでの展覧会で発表された栗栖馬伝のパフォーマンスは私たちに、社会を混乱に陥れている原因と立ち向かう姿を、単純すぎるところもあるが、芸術に昇華する過程を体験させてくれた。

8月23日現在、厚生労働省によると国内の新型コロナウィルス陽性者数は61747人、死亡者数は1176人と発表されている(1)。非常事態宣言が発令された当初や宣言下と比べ、明らかにその数は増えているが、我々のコロナウイルスに対する態度は変わってきている。
ポストに投函される2枚の布マスク、レインボーブリッジと都庁に赤い光を当てる東京アラート、イソジン(説明省略)、雨がっぱ(説明省略)など数々の意味不明なアクションにより、緊張感が薄れてしまったかのようだ。

そんな7月のある日、栗栖から新しい展示をしているという連絡があり、再び会場であるギャラリーINFECTに向かった。

入場は一人ずつの入れ替え制で、人が多い時は順番待ちとなる。前回の展示は会場に観客が入ることができなかったことを考えると、普通に入場ができるだけでも大分印象が違う。

入場を待っている間に栗栖と少し話すことができた。今回の展覧会もコロナウイルスがテーマとなっているようだ。そう考えると前回の続編になっているのかもしれない。栗栖は私の書いた先月のレポートを読んでいて、それを反映した展示になっているらしい。一体どの部分から影響があったかは展覧会を見て判断してほしいということなので、期待しながら会場に入った。

ドアを開け、照明が少なく、足下が見える程度の明るさの廊下を5メートルほど進むと、10畳程度に広がる部屋をうっすらと確認できた。しかし奥まで来るとかなり暗いので、なかなか前に進むことができない。2、3分待ってようやく目が慣れてくると、何か、もやっとした壁が目の前に現れた。しかし普通の壁というよりは、なにか柔らかそうな素材か、霧のようなものが壁状にあるという雰囲気だ。

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その壁状の「何か」に手で触れてみると、何かすこし温かいような、そしてなんの抵抗も無いのでその奥まで手を伸ばしていくと、少し柔らかい感触があった。そのままどんどん吸い込まれるように壁の中に入り込んでいくと、その中は液状のような、ゼリー状のような空間になっていた。

それからどれくらい経っただろうか、壁状の「何か」の中に入り込んだ後の私の記憶は消えていて、真っ暗な会場に横たわっていた。起き上がって目が慣れるのを待っていると、次の瞬間にあることに気がついた。先ほどまで私一人しか居なかったはずのこの空間に、おそらく10から20人くらいの人間の気配がある。そしてペタペタと音を立てながら、裸足で歩き回っているようだ。恐怖を感じた私は急いで小さな灯りのある入り口の方へ向かった。

入り口側から目を凝らして会場を見渡すと、驚くべき光景が目に飛び込んできた。なんと全裸の男性が大量に部屋の中にいる。そして座り込んだり、歩き回ったり、各々勝手に動き回っているのだ。ここであることを思い出した。会場に入る前に栗栖から聞いた今回の作品への「反映」についてだ。これはおそらく「非常事態宣言下に於けるフィクショナルエキシビションレポート」の一文「普通、人間が美術館で作品を観るときに、作品の中に入り込んでその人間が増殖してその一部が出口から出てくることなんかあり得るはずがない。」という箇所を、栗栖がそのまま実現してしまったということだろう。それ以外考えられない。

観客の私をウイルスとみなし、なんらかの方法を経て作られた栗栖の「作品」に私は感染し、その細胞の助けを借りて増殖させられてしまったのだ。しかしどうやってこのようなものを作ったのだろう。いまだに頭が混乱している。私の体も何か改造されているに違いない。

こんな手の込んだバイオアートに巡り合うとは思ってもいなかったが、一体この作品をどうやって作ったのか。いや、それよりも増殖した私たちは今後どうやって生きていくのだろうか。

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(1)厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/index.html

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

レビューとレポート第15号(2020年8月)

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