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実現されなかった展覧会「『これは画布ではない』 オマージュ 日置瑶子・平間貴大展としての佐倉密展」

2020年3月17日から28日まで、京都のGalerie 16(1)で「『これは画布ではない』オマージュ 日置瑶子・平間貴大展としての佐倉密展」(2)が開催される予定だった。佐倉密が企画、日置瑶子と平間貴大が参加するグループ展であり、会場のGalerie 16は1962年にオープンした京都市東山区三条にある老舗の画廊だ。佐倉は、2018年にGalleryTOWEDで開催された「パラレルキョンシーズ」展(3)のイベント「平間貴大を囲む会」の記録映像(4)を見て興味を持ち、平間に参加を呼びかけた。

多くの展覧会同様この展示もコロナウイルス感染拡大の影響により中止となった。当初はイベントのみ中止として、展示は通常通り行う予定だったが、それもなくなった。6月に展示できるかもしれない雰囲気になったが、やはりそれも中止になった。

みそにこみおでん主宰「レビューとレポート」ではこの展覧会レビューを掲載予定だったものの、それもかなわなくなってしまった。しかし、どのような展示をする予定だったか、無展示の展示レポートをしてはどうかと話があった。

搬入すらしていない展覧会のため、実際に展示された風景や壁にかけられた作品群を見ることは出来ないし、展示方法についてレポートすることも不可能となってしまったが、今回は平間が出品予定だった作品を1点ずつ紹介していきたい。

出品予定の作品は「パラレルキョンシーズ」展(3)で出品した9点に加えて新作7点。旧作に関しては佐倉が全て指定した。新作に関しては「自由に作って欲しい」とのことだったので、佐倉が平間への興味を持つきっかけとなった展覧会「パラレルキョンシーズ」の時の作風に合わせて制作したものと、「パラレルキョンシーズ」以降に制作したものを展示することにした。展覧会の企画から参加者の呼びかけまでを執り行った佐倉はEメールを使用しないため、電話とSMS、FAXでやり取りをした。

■出品リスト
《ダダの詩をつくるためにダダの詩をつくるために》2013
《ステインの為のステイン》2018
《取り外す前の、石膏によって複製されたキャンバスの裏側》2018
《張り合う絵画》2018
《正しく組み立てられなかった木枠と、正しく張られなかったキャンバス》2018
《拡大したアマゾンの段ボール》2018
《ASCIIコード表》2018
《動物のフィギュアの頭部によって突き破られたキャンバス》2018
《瓶詰めの絵の具》2018
《ブルーシート》2018
《3Dペンから出てきた素材》2019
《完璧に修復された紙》2019
《過去作品》未制作
《過去に作られた作品》未制作
《既に作られた作品》未制作
《作者によって作られた作品》未制作
《何者かによって作られた作品》未制作

このリストのうち《ステインの為のステイン》、《取り外す前の、石膏によって複製されたキャンバスの裏側》、《張り合う絵画》、《正しく組み立てられなかった木枠と、正しく張られなかったキャンバス》、《拡大したアマゾンの段ボール》、《ASCIIコード表》、《瓶詰めの絵の具》、《ブルーシート》は2018年11月にギャラリーTOWEDで開催した個展「パラレルキョンシーズ」からの出品だ。《3Dペンから出てきた素材》は2019年9月に美学校スタジオで行われた「平間貴大の自作スピーカーを聴く会」(5)で制作された。《完璧に修復された紙》、《過去作品》、《過去に作られた作品》、《既に作られた作品》、《作者によって作られた作品》、《何者かによって作られた作品》はこの展覧会の為に作られる予定だった。
「パラレルキョンシーズ」出品作品の解説は、展覧会当時に配った解説書を元に作成した。

《ダダの詩をつくるためにダダの詩をつくるために》(6)はB5サイズ用紙135枚の作品。2014年7月13日に水道橋ftarriで開催されたイベントでユタカワサキ + seiが上演した。

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《ステインの為のステイン》撮影:宮下夏子

市販の油性ニス(オイルステイン)をキャンバスの裏⾯に滲み込ませる(ステイニングさせる)事が⽬的の作品。ここで使用されるオイルステインは家具や⽊⼯の時に使う着⾊⽤の油性ニスで、通常は⽊製品の仕上げなどに使われる。絵画でステイニングというとキャンバスに⾊を染み込ませる技法を指す。キャンバスは表面に下地処理されているものを使用し、何も下地処理されていない裏面にニスを染み込ませる。このシリーズの作品ごとの図像の違いは、滲みこませたステインの量やキャンバスの傾きによって⽣じる。キャンバスを⽴てて制作すると下⽅向への滲みが出てきて、キャンバスを⽔平に置いて制作すると最初に垂らした所から周辺に満遍なく広がっていく。滲みの図像は偶然出来上がったように⾒えるが、ステインの量の加減で⼤体の予想は付く。製作時には滲みこませたステインの薄い⾊が広がっていき、追いかけるように濃い⾊のステインが滲みながら⾯積を増やしていく。乾燥してしまったらもうその過程を⾒ることはできない。オイルステインは⽊製品に使⽤するため、染み込ませるという点では正しいが、キャンバスに着⾊する⽬的で使⽤する事は通常無いだろう。ステイニングからの視点で言えば、やはりキャンバスに描くという点では正しいが、オイルステインという絵の具以外を画材として使⽤している所が普通のやり⽅とは異なる点だ。とはいえ、画材以外のものを絵画に使⽤することは現代美術にとって珍しいことではない。もしオイルステインを油絵の具の黒の代わりに使って何かの絵を描いたり、オイルステイン以外の画材で滲みを作ってしまうと「ステインの為のステイン」では無くなってしまう。この作品で重要なのはステイニングされたステインであって、ステインのステイニングだ。製作時のエピソードとしては「ステインの為のステイン」は油性の着⾊ニスを使用しているため、乾燥の時に匂いが部屋に充満してしまい、外で乾燥させなければいけなかったということがある。タイトルの候補は他に「ステインのステイン」「ステイニングされたステイン」「ステインのステイニング」「ステインステイン」「ステインズステイン」「ステインの為に⽤いられたステイン」等があった。

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《取り外す前の、石膏によって複製されたキャンバスの裏側》
撮影:宮下夏子

「パラレルキョンシーズ」では《取り外す前の、石膏によって複製されたキャンバスの裏側》と一緒に《石膏によって複製されたキャンバスの裏側》という作品も展示していた。この作品は同じシリーズでは無いものの強い関係性があるので、まずは《石膏によって複製されたキャンバスの裏側》を紹介したい。この作品は木枠に張られたキャンバスを裏返しにして出来た空間に⽯膏を流し込み型取りしたしたものである。どんな名画と⾔われる絵画でも駄作と言われる絵画でも、木枠に張られたキャンバスには後ろ側に空間がある。この空間⾃体を複製した作品だ。絵画の裏側、絵画の後ろ側、絵画の向こう側というのが「パラレルキョンシーズ」で展⽰している作品のいくつかに共通するテーマとなっている。作られた石膏は何個作っても画一化して、どれも同じように見える。《石膏によって複製されたキャンバスの裏側》から見て取れるのは、麻で織られたキャンバスの裏側の凹凸であり、同じ型から作られたものに個体差は無いと言いたい所だが、製作時に石膏を流し込む時の微妙な手加減で小さな差異が出てきてしまう。型となるキャンバスの裏側と石膏はネガとポジの関係になる。
《石膏によって複製されたキャンバスの裏側》は、キャンバスに石膏を流し込んだ後に取り外す作業があるが、この型から取り外す前の状態のものが《取り外す前の、石膏によって複製されたキャンバスの裏側》である。

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《張り合う絵画》撮影:宮下夏子

2枚のキャンバスの表面同士を貼り付けた作品。缶詰のラベルを内側に貼ることで宇宙全体を缶詰の中に閉じ込めてしまうという赤瀬川原平の《宇宙の缶詰》を絵画で実践した作品である。キャンバスの表面同士を貼り付ける事で、この作品以外の世界を全てキャンバスの裏側にしようという試みで制作した。正確にはキャンバスの裏側だけになるわけではなく、側面から後ろ側となる。

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《正しく組み立てられなかった木枠と、正しく張られなかったキャンバス》撮影:宮下夏子

木枠の組み方やキャンバスの貼り方、タックスの打ち方を全て違反しながら作るという作品。木枠はわざと反対方向につけたり、正規の角度以外で固定したりしている。キャンバスも折り目を付け、斜めに貼り付けている。素材は全て完璧で、タックスの数もきちんとキャンバスを張る時に使う数に合わせた。

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《拡⼤したAmazonのダンボール》撮影:宮下夏子

少し悲しい話がある。倍率1000倍の顕微鏡がAmazonに売っていた。Wi-Fiでスマホと繋げてスマホ側から写真が撮れるというものだ。家に届いてすぐにダンボールから取り出し、すぐに電源に繋いでスイッチを⼊れてWi-Fiに繋げた。まず等倍で映ったので、拡⼤ボタンを押していくと、1.1倍、1.2倍、1.3倍と0.1ずつしか拡大できない。これでは1000倍になるまで時間がかかるぞと思いながらボタンを押し続けて1.7倍、1.8倍、1.9倍、2.0倍と続いていって、、、それ以上いかない。何故だろうか、確かに1000倍のはずが、どうやら2倍以上の倍率にはならないようだ。ショックで体から⼒が抜けてしまったが、そのままAmazonのダンボールの撮影をし続けた。その画像を⾒ながら描いた絵がこの絵だ。この作品は特に何を考えて制作したというわけではない。

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《ASCIIコード表》撮影:宮下夏子

2015年9月4日、グループ「新・方法」はShift_JIS宣言をメール配信した。英語版はNew-Methodicist ASCII Manifestoとして配信した。このNew-Methodicist ASCII Manifestoを絵に描いた作品。

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《動物のフィギュアの頭部によって突き破られたキャンバス》
撮影:宮下夏子

《石膏によって複製されたキャンバスの裏側》の考え⽅と少し似ているかもしれない。様々な動物のフィギュアの頭部によって突き破られたキャンバスは、絵画の向こう側からこちら側へ出てこようとしているようにも見える。この作品を見たときにタイトルと違うと思われるかも知れない。はっきり違うと言えることは、動物のフィギュアをキャンバスに押し付けて突き破らせて制作したわけではなく、あらかじめカッターで切れ込みを入れてから、そこにフィギュアの頭部を差し込んで作られている。キャンバスは頑丈なのでフィギュアで突き破ることは難しい。
フォンタナの《空間概念》と、マウリツィオ・カテランの動物や人体の一部が壁に埋まっている作品のアイディアを合わせたような作品だ。

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《瓶詰めの絵の具》撮影:宮下夏子

絵画を「その絵画の為の素材がその絵画の為の支持体に移動したもの」と定義して、素材を支持体に移動させ、これまで絵画と言われてきたものとは違う形にするという方法をとった作品。チューブからダイレクトに瓶に注⼊された絵具はパレットや筆を介すこと無く支持体に移動する。始めは瓶に詰めれば良いくらいに考えて制作したが、結果的には形状がそれぞれ個性的なものになってしまった。

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《ブルーシート》撮影:宮下夏子

この絵はキャンバスの代わりにブルーシートを使用した。安くて頑丈、汚れにも光にも強いという万能な素材で、防災⽤品としても重要なアイテムである。絵はヘルマン・ニッチュをイメージして血の代わりにペンキを使⽤した。ステイニング的な⼿法で画面を作っているが、滲みは起こらない。

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《3Dペンから出てきた素材》撮影:渡邊亜萌

2019年9月29日に美学校スタジオで開催された「平間貴大の自作スピーカーを聴く会」で作られた作品。通常のペンは紙や支持体にインクを塗布して筆記や作図をするが、3Dペンはフィラメントと呼ばれる素材を使い、それを熱で柔らかくしてペン先から押し出すことでフィラメントが冷え固まって立体的に作図をすることができる。通常は3Dペンを使って何かモチーフを描いたりして作品を制作するが、単にフィラメントをペンに入れ電源を入れて放置し、フィラメントを出しっぱなしにした状態にしたものがこの作品だ。

《完璧に修復された紙》
この作品はコピー用紙を任意の回数破って、その後パズルを完成させるように元に戻して台紙に貼ったというもの。もちろん完璧に修復されることは無い。

佐倉から「自由に作って欲しい」と言われ制作する事となった《過去作品》、《過去に作られた作品》、《既に作られた作品》、《作者によって作られた作品》、《何者かによって作られた作品》に関しては「未制作」と記載されているように、現在作品自体は作られていないが、タイトルだけ残っている状態だ。これは展覧会リストの制作のためにあらかじめタイトルだけ作っておいて佐倉に提出し、その後制作される予定だったはずが、展覧会が中止になり出品の機会を失ったので、そのまま何も作らなかった結果だ。

私は2010年から2019年まで新・方法というグループで「無作品」というタイトルだけの作品を作り続けてきた。方法とは目的を達成するための順序や筋道、手段のことだ。何かを作るための方法があれば、その方法を作るための方法もある。これを繰り返して無限後退させていくと、何かを実行するフェーズにたどり着くことは出来なくなってしまう。

「無作品」はタイトルのみで構成された作品で、物や音、空間的な演出としての作品は無く、もちろん最初からタイトルしか作るつもりは無い。しかし、現在未制作としてリストだけに残されたこの5作品は、はじめは何か物を作ろうとしていたが展示の予定が無くなったことで結果的に作られることも無くなっているだけの状態で、「無作品」のように作らないことが決まっていたわけではなく、作るのか作らないのかは作家によって現在も保留されている。「『これは画布ではない』オマージュ 日置瑶子・平間貴大展としての佐倉密展」が延期となり展示の機会が出来れば作ることもあり得るが、その可能性も薄いというどっちつかずの状態で、他人の意思と会場の事情に迎合した作品だ。

(1) galerie16 http://art16.net/
(2) 「『これは画布ではない』オマージュ 日置瑶子・平間貴大展としての佐倉密展」http://haps-kyoto.com/events/art16-20200317/
(3) 「パラレルキョンシーズ」https://gallery-towed.com/2018-11
(4) 平間貴大を囲む会 https://www.youtube.com/watch?v=egBJVnkPCZE
(5) 「平間貴大の自作スピーカーを聴く会」https://bigakko.jp/event/2019/hirama-speakers、togetterまとめ https://togetter.com/li/1415782
(6) 《ダダの詩をつくるためにダダの詩をつくるために》http://qwertyupoiu.archive661.com/works/dada-no-poem.htmlhttps://ju-sei.hatenablog.com/entries/2013/07/13

「レビューとレポート」 第12号 2020年4月
(パワードbyみそにこみおでん)

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