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吸血鬼のポルノ事情 第三話


深夜、キョウコと一緒に近所のスーパーに買い出しに来たキャサリンはレジの前に並んで会計を待つ。

列の最後尾で待ち時間が長く、スマホで適当なサイトを見て時間を潰していると、ふっと流れてきた牙の美容整形や牙の増大手術のネット広告に興味を惹かれる。

キャサリン(吸血鬼にとって牙は大きな関心事)

吸血鬼ロリババア「人間の姉ちゃん!順番だよ!前っ!前!」

キャサリンに後ろに並んでいた見た目は十代前半ほどの吸血鬼の年配女性(ロリババア)がスマホを見ながら棒立ちしていることに業を煮やしてどやしつける。

キャサリン「す、すいません!」

慌てて会計を済ませたキャサリンはサッカー台の前で待っているキョウコと合流する。

キョウコ「ボケっとしてるなよ。他のお客さんに迷惑だろう」
キャサリン「あんな小さい子に怒られて、情けないです」
キョウコ「かか!あの婆さんにそんなこと言ったら叩かれるぞ」

キャサリン「ば、婆さん!吸血鬼の外見年齢は当てにならないと分かっていますが……」
キョウコ「まぁ、あのカトウの婆さんはかなり極端な礼だけど、文字通り”人は見かけによらない”のが吸血鬼だからな」
キャサリン「肝に銘じます……あの人と知り合いなの?」
キョウコ「あぁ、そのうち紹介するかもしれしれないな」

スーパーから帰宅して居間で好物の血液ゼリーを食べながらテレビを見るキョウコにキャサリンが声を掛ける。

キャサリン「その血液ゼリーって、美味しいの?」
キョウコ「おぉ、美味いよ。癖になる味。いつもはB型だけど、たまにはO型も悪くない」

血の味の感想に惹かれてふむふむと頷きながら常に腕に巻いているバンド型のウェブラルメモにボールペンを走らせる。

キョウコ「あぁ!そういえば昔、血液ゼリーを一口一口!って言ってせがんできたから食べさせてやったら盛大に噎せたもんな」
キャサリン「うぷっ!血生臭い味が蘇って……!」

トラウマを思い出してキャサリンは顔をしかめる。

キョウコ「おっと人間に血液料理を強要するのはブラハラになるんだっけ?そういえばさっきレジで並んでいる時にスマホで何見てたんだ?」
キャサリン「あぁ、歯の美容整形や増牙手術のネット広告」
キョウコ「ははぁ、それはまた下世話な広告だな。ネットサーフィン中も鬱陶しくてしょうがない」
キャサリン「でも、ああいう広告を出すってことは需要があるってことだよね?」
キョウコ「そりゃ牙のお手入れは吸血鬼の大きな関心事さ、人間の男がナニの大きさに一喜一憂してるのと一緒」
キャサリン「あぁ、男の人はそういうの気するもんね。なんとなく分かる!」
キョウコ「初めてみるおもちゃを前にした子猫みたいな目しやがって、ほんっっっと可愛いなぁ」
キャサリン「えっ、そんな目してる?」
キョウコ「あぁ、可愛すぎるんで、オレの行きつけの美容歯科クリニックの先生を紹介してやろう」
キャサリン「えっ!本当!」
キョウコ「やめてくれ。そのキラキラお目眼を見せられたら、なんでも言う事聞いちまいそうだ」

数日後、午後9時。カトウ美容歯科クリニック 診察室

スーパーでキャサリンをどやしつけたロリババアがペストマスクに白衣姿で椅子に腰かけている。

カトウ「まさか、あの時のお嬢ちゃんが取材に来るとわね」
キャサリン「先日は失礼致しました。今日はよろしくお願いします!」
カトウ「分かればいいんだよ。さて、なにから聞く?」

キャサリン「吸血鬼にとって。どの様な造形の牙が性的魅力があるのか……です」
カトウ「キクチさんからは聞いてたけど、直球でくるね。これを見てくれ」

牙の施術例のカタログや牙に関する世論調査のアンケートなどの資料をテーブルに広げる。

カトウ「一般には男女ともに長く太く白い牙に性的魅力を感じるといわれているな」
キャサリン「なるほど、あ、男女では微妙に傾向が違いますね」
カトウ「うむ、男性は太さに女性は長さにこだわる傾向がある。さらに形状も男性は牙の反りが浅く、女性は三日月の様に反った形状を好む」
キャサリン「施術した牙がどれだけ刺さるかの断面図もありますね」
カトウ「ははは、あんた面白いね。そんなに顔を近づけてさ」
キャサリン「すいません。また我を忘れてました」
カトウ「熱心でこっちも教え甲斐があるから気にしなくていいさね。こっちの男女別の牙の膨張率はこのグラフを見てもらおうか」
キャサリン「女性は生理の際に牙の膨張率が高くなるんですね」
カトウ「牙の発達はホルモンの影響も大きい。吸血鬼の上顎の奥には吸血鬼独自の器官である菌線が発達していて吸血鬼ホルモンの分泌元にもなっている」
キャサリン「改めて見ると生々しいです。だから吸血鬼の歯科は人間でいう所と泌尿器科の役割も兼ねていると」
カトウ「その通り、うちは牙の発達には菌線が大きく影響するから菌線の不調を見るのもうちの仕事だ」
キャサリン「手術費、かなり割高ですね……!」
カトウ「無菌症手術とは違って、菌線拡大手術は保険適用外だからな、それでも受ける人間は少なくない」
キャサリン「わたしもその……”あそこ”の形が人と比べて変かな?って思ったりすることがあります」
キャサリン「だから、吸血鬼の方々が菌線を大きくしたり牙の形を変えようとするのも、なんとなく理解できます」
カトウ「ふふ、吸血鬼化した後は人間と同様に有性生殖をするけど、それでも吸血による繁殖欲求の方がはるかに強い」
カトウ「元々、吸血鬼は人間でいうところの美男美女揃いだから容姿への関心も希薄で、その分、牙の美容に関心がどう
しても傾いてしまうのさ」
キャサリン「なるほど、ネットで牙の美容整形の広告を見かけるのも理解できます」
カトウ「あぁ、ネット広告ね……同業さんを悪く言いたくないけど、つくづくあこぎな真似してるよ」
キャサリン「あこぎな真似……ですか?」
カトウ「あぁ、まだ百歳にもならない若い子のコンプレックスを四六時中、動画や広告で煽りに煽ってさぁ、美容手術を受けるよう誘導するって言うのはいい気分はしないよ」
キャサリン「確かにレジに並んでる時にちょっとネットをしただけで、目についてしまいますから……」
カトウ「んまぁ!それでぼけっとしてたのかい!」
キャサリン「すいません。言い訳みたくなってしまって」
カトウ「まったくスマホって言うのも困りもんだよ常に手元にあるから……おっと、いけないね。もう予約の時間」
キャサリン「いよいよ牙の美容整形手術の立ち会いですね」
カトウ「あぁ、患者さんには理由は話してあるから、この手術着に着替えておくれ」
キャサリン「了解です!」

カトウ美容歯科クリニック 手術室

場所を手術室に移して、吸血鬼歯科衛生士二人を助手にカトウが執刀します。少し離れた場所から手術着のキャサリンが見物している。患者は二百歳代の男性でかなりのイケメン。

カトウ「再生阻害薬と麻酔が効いてきたね。ドリル」
キャサリン(再生阻害薬……人間よりも高い再生能力を持つ吸血鬼に外科手術を行う時に使われる薬剤ですね……)
キャサリン(うぅ、二ホンに来てから、口元を見る機会が無いから、手術と分かっていてもソワソワしちゃう)
キャサリン(あんなにあんぐり口開けてても分かるぐらいの美形……いけないモノを見ているようでドキドキする)
キャサリン「カトウ先生すごい手際、さすがベテラン……!」

次は歯をドリルで削り先端を鋭くして形を整える工程。歯を削る音にキャサリンは思わずすくみ上る。

キャサリン(ひぃぃ、はたから見てると痛そう……)
カトウ「よし、次」
歯科衛生士「はい、先生!」カトウ「ダウンタイムが終わるまで、吸血行為は控えて下さいね」
男性患者「ふぁい。先生」

手術が終了し、男性患者はまだ麻酔が効いていて呂律が回っていません。
キャサリン「あの、落ち着いたらでいんですけど、インタビューいいですか?」

男性患者は頷いて快く了承してくれたので、麻酔の効果が切れたタイミングで男性患者に待合室でインタビューを行う。

キャサリン「サイズは平均以上で牙の形も問題ないのにどうして美容整形を?」
男性患者「前の彼女(吸血鬼)に牙を立てた時に物足りないって言われたのがトラウマでね」
キャサリン「なるほど、コンプレックスの解消が目的と」
男性患者「いや、それもあるけど、どっちかというと元は悪くないと思うから、文字通り牙を磨きたいと思った訳、サムライが武芸を磨くのと同じ感覚」
キャサリン「おぉ!サムライ!ブシドー!」
男性患者「そんなに喜んでもらえるならこっちも答え甲斐があるよ」
キャサリン「今日はありがとうございました!」
男性患者「どういたしまして」
カトウ「キャサリン、お疲れ、茶でも飲んでいくかい?」

キャサリンはカトウの好意に甘えて事務室で紅茶とお茶菓子を頂く。

カトウ「一仕事終えた後は甘いものだね」

カトウは血液入りジェルが入ったチョコを口にして上機嫌。

キャサリン(うぅ、ちょっと血生臭さが漂ってきます……)
カトウ「で、どうだったね?収穫はあったかい」
キャサリン「はい!人間と吸血鬼の共通点と差異が分かって興味深いです!」
カトウ「キクチさんがあんたに色々してやる気持ちがよくわかったよ。これからも何かあれば遠慮なく頼りな」
キャサリン「よろしくお願いします!」
カトウ「さっきからチラチラ見てるけど、これ食べてみるかい?あくまで血液風味だから人間でも食べられるよ」
キャサリン「い、いただきます……!」

チョコを口に含んで咀嚼するもしだいに身体が硬直する。

カトウ「無理しなくていいだよ。ぺっしな、ぺっ」

顔を青くするキャサリンにティッシュを差し出しますが、首を横に振り、ごくんと飲み込みこむ。

キャサリン「こ、こういう味ですか、勉強になります」
カトウ「ほんとに面白い子だね。口直しにケーキでも食べるかい?」
キャサリン「い、頂きます」

モノローグ【血の味、度し難過ぎる……】

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