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潜入!猫乃寮祭①時計台占拠!?

 革命に死にたい人生だった。 

 お揃いのヘルメットかぶった同志たちと肩を組んでシュプレヒコールをあげる。汗とタバコの匂い。ゲバ棒で叩かれるのは痛かろう。同志打ちをするのは辛かろう。それでも。ソ連の崩壊も、浅間山荘事件も知らないまま、世界同時革命というクソでかい夢の中で、世界を変えられると信じながら1970年年代のうちに死ねたなら、どんなに幸せだろう。

  欧米列強から亜細亜諸国を解放し大東亜共栄圏を建設するため、畏れ多くも天皇陛下の赤子として命を捧げるのでもかまわない。心の底までキッチリ信じさせてくれるんだったら思想なんかなんでもいい。金のためでも愛のためでもない大きな物語のために闘って、死にたかったんだよネ

😺時計○占拠、B棟コンパ


「ここが、狂都大学・・・」
 とつぶやいて、見あげた茶色い校舎は巨大なチョコレートケーキのようだった。てっぺんにはビスケットのような可愛らしい時計がついている。 
 
 校舎の前には巨大なクスノキがあって、学生たちが思い思いに弁当を食べたり語り合ったりしている。それだけみれば普通の昼休みの風景だし、じっさい今は普通に授業がある金曜日の昼休みなのだ。

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 大木の前には人だかりができており中央に軽トラ。その荷台にはアンプだのスピーカーなどの機材が積まれてていて、小柄な人物が立って歌っている。黒いヘルメットにサングラスとマスク。ショッキングピンクのパーカー。曲はモンゴル800の「小さな恋のうた」だ。懐かしい。しかし20年以上前の曲だから1,2回生は生まれてないかもしれない。

 「ひびけー、こいのうーたっ♪」

 口ずさんでいると「どうぞ」と紙コップが渡された。日本酒だ。見れば軽トラの横では樽酒が割られ、黒ヘルたちがおたまですくって配っているではないか。まったく、平日の昼間からけしからん!
「ゴクゴク、おいしー!」
 黒ヘルたちは皆一様にマスクとサングラスで顔を隠し、お揃いのパーカーを着ている。色はそれぞれ違うけど、背中にはヘルメットを被った三匹の猫のイラストがプリントされていてとてもオシャレだ。

 黒ヘルの青年が「おかわりいりませんかー?」と声をあげる。すかさず駆け寄って空の紙コップを差し出した。
 「ありがとう!この靴、新聞紙で作ったのかナ?」
 「いや、普通にスニーカー履いてその上を覆ってるんスよ。ホラあそこで撮影してるでしょ。だから俺たちこうやって顔隠してるんですけど、あいつら靴でも特定してくるから」


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 見ればあちらこちらに白いヘルメットをかぶった大学職員と思しき男性たちが腕組みをして立っている。校舎の前にはバリケードが築かれており、そこにも職員たちが並んでいる。ビデオカメラを構える職員の前を塞ぐように立つ黒ヘルもいる。

「狂大職員は白ヘル‥」

傍に立つ黒ずくめの童顔な男がつぶやいた。猫乃寮前で声をかけた元寮生だ。東北に就職したけど法事のついでに寮祭に寄ったと言っていた。
「白ヘルに意味があるのかナ?」と聞くと「宙革派のこと‥」と簡潔に答える。
「ああ、70年安保のときにヘルメット被って殴り合ってたアレね!ということは黒ヘルはアナキストかナ?」
「ノンセクトかも‥」
「じゃあ、あの黒ヘルはこのイベントは宙革派とは関係ありませんという意思表示かもしれないネ。しかし、たかが学生が酒飲んで歌ってるだけで警備が厳重すぎないかナ?門の外なんか機動隊のバスが3台もとまっててサ」
「過去に‥あそこに梯子かけて登ったヤツらがいたから‥落ちたら‥死ぬし‥」

黒ずくめが指差したのは校舎のてっぺんの時計台だ。私は想像する。黒ヘルたちが校舎のに梯子をかけて登っていく様子を。時計台のてっぺんで振られる寮旗を。観客の熱狂を。しかし転落事故の恐れがあるから大学当局も無視できないよネ。左翼が自己責任論を振りかざすのもどーかと思うし。

「もし‥学生があのバリケードを破ったら‥大量の機動隊が‥雪崩れ込んでくる‥」
「わーお、巻き添えで拘束されると面倒だからその場合は速やかに退避しないとだネ」

「ただいまから大看板を倒します!それでは猫乃寮祭!開幕!」

黒ヘルが拡声器で叫ぶ。2m×5mはあろうかという巨大な手作りの看板が学生たちの手によって倒された。歓声があがる。どうやらこれが開幕の儀式のようだ。


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😺ダイオードおじさん


「自分は、政治のことはわかりません」

白いシャツを着た痩せた男が苦笑する。東京から猫乃寮祭を見にきたという彼もまた私に逆ナン(?)されて行動を共にしていたのだ。黒ずくめと白シャツと私の3人は連れ立ってB棟を後にした。
「私は親が日本強酸党員で、政治っていうか他のサヨクのことはあんまり知らないから興味あるんですけど、別にこんなこと知らなくても生きていけるし、気にしなくていいョ!」
「自分の親はホホバの商人です」
「わァ宗教2世仲間だ!お互い苦労しましたネ」
「あ、でも自分はもう、政治とか宗教とかはいいんです。正しさじゃなく面白いことだけ考えて生きていきたい。猫乃寮祭見にきたのも面白そうだったからです」
「たしかに、このパンフレット見てるだけで面白いよネ!このダイオードおじさんに耐電圧をかけるって意味わかんないんですけど、どーゆーコト?」

私が広げたパンフレットを覗き込んで黒ずくめが解説する。
「ダイオードは電流を‥一方通行にするけど‥反対方向に一定以上強い電圧をかけると‥その性質が失われる‥この門にいる警備員おじさんは‥自転車流れを一方通行にするから‥ダイオードおじさん‥」

「つまり逆方向から大量の自転車で突破すれば対応できないだろうってコト?」
「おそらく‥」
「警備員さんかわいそう。プロレタリアと連帯しないのかョ」
「まぁ‥警備員は‥権力側だから‥」
「じっさい学校とかに配属される警備員は警察OBが多いって聞いたことあるワ。すいませーん。この地図にある場所ってここですかァ?」
『ダイオードおじさん』自身に地図を見せて聞いてみた。
「ここは正門。北門はあっち」
「ありがとうございますゥ!黒ずくめくん場所あってるんだよネ?」
「そう‥ダイオードおじさんはここにしかいない‥。ダイオードおじさんって‥喋ってくれるんだ‥在学中ダイオードおじさんに意思疎通試みたことなかった‥」

労働者をなんだと思ってるんだインテリめ!という言葉を飲み込んだのはダイオードおじさんの口調に横柄さを感じたからだ。彼らは互いに相手が人格のある人間だということを意識から取り除いて、取り締まったり取り締まられたりしてるのかもしれない。スタンフォード監獄実験みたいな?いずれにせよ私は他人の闘争を見物しに来た野次馬だしなァ‥

「公安来てたから‥中止になったのかも‥。カマボコ‥6台も来てたらしいし‥」
「カマボコ?ああ、あの機動隊のバスみたいな車両のことネ」
「あと‥普通に授業あるし‥予告なしになくなる企画もある‥」
「パンフレット見ただけで本気でやるのか?っていうのけっこうありますね。エクストリーム帰寮、拉致されて解放された場所から地図アプリなしで帰寮する、水食料は配給されたもののみとか」
「それは‥毎年ほんとにやってる‥」
「エエッ!ヤベーな狂大生!しかし民俗学だ社会学だって象牙の塔から周辺を観察することはよくあるけど、こういう祭りのときは観察するものとされるものが逆転する。面白いネ」
「たしか‥民俗学の授業だったと思うけど‥熊野寮祭を取り上げてた‥無秩序の中の秩序の例として‥」
「うーん、やっぱり狂大はすごいなァ」

つづく‥

(この作品は京都大学の熊野寮祭にインスパイアされて執筆したフィクションです。実在する大学および政治•宗教団体とは一切関係ありません)


えっいいんですか!?お菓子とか買います!!