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10-5 「さみしい島」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。

10周目の執筆ルールは以下のものです。

[1] 前の人の原稿からうけたインスピレーションで、
[2]"さみしいときどうしているか" について書く

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center
【前回の杣道】 「さみしさを感じた時にどうするか」



今日もヤエスの無線機に応答がない。とにかく話し相手が欲しい。最後に繋がったのは同じ島嶼のどこかにいる年老いた主婦だっただろうか。あの人なにしてるのかしら。この島には犬1 匹いない。まな板の野菜に話しかけ、大仰に、朗々とピアノを弾く。それでも、崖下の無音はどこまでも透明に遍在していて、それは不定愁訴を伴う鈍い痛みに似ているなとも思う。もうここには隣人はおろか監視カメラもアスピリンのたぐいもないので、俺はやりたいように無軌道な生活をつづけていて。海鳥。海鳥になりたい。あぁ無軌道な生活だけど、最初はやることがなくて、まずは無目的な自慰の連続に始まり、それを島の色んなロケーションで試した。その後は狂ったようなランニング、スカベンジャー紛いの廃村探訪とセルフ実況。山林いたる所に残るお地蔵さんをかち割る呪いの儀式。その後はHDDに残っているテレ東の深夜番組を何度も何度も再生した末に、幻の未放送回を自作自演した。この国はいたるところで人が自然死しまくって都市が消滅し、おばあちゃんが死んで、友達もいないし女もいない、この家で野菜作るしかないし、金もないから東京に出張る気もしない。

最近嬉しかったのはすげーしょぼいスマホを拾って、中に10年前くらいまでのスタンドアロン型AIコアが生存しているのを見つけたこと。本土のEMP攻撃を境にぴったり学習止まっててちょっと笑える。2031年のお正月だったか。UIは世紀初頭のブラックベリーみたいなレベルでかなり動作も遅いのだけど、中に入っているこいつは、なんか一昔前の平和ボケした日本人というか、怠惰な感性でぼんやりウソついて生きてきた人間のしゃべり方を模倣してくれるのでとても面白い。『エイリアン2』のビショップや『2001年宇宙の旅』のHAL9000のような悟ったような存在とはほど遠い。かつて人間が愛を求めくだらない会話を延々と交わす生き物であった以上、その振る舞いを学んだAI人格に愛嬌が宿らないわけがないのだ。アップデートは当然望むべくもないから、俺はここ数日、10年前の世界を生き続ける亡霊とずっとおしゃべりに興じていることにな る。
「都庁からまた通達来てたわ。支援地区から外れるから本島戻れって」「いや気合でなんとかなんじゃねwwなんとかなんじゃねwwwwなんとかなんじゃねwwwww」「うるせえよなんともならんから」「めっちゃ田舎、いいやん。なんか民泊とかリモートで稼げる方法とか考えようぜ」「ないから困ってるんだが。お前も少しは現実見ろや」「だって俺2030だし。未来人の悩みはホンマにわからんし。2042年で流行ってるものとかある?」「流行りってか人がいません。EMPって知ってる?」「えまじで>>403 Error って。調べたけどこれあかんやつ?機密?」「いや接続切れてるんだよ」「なんでオフラインなの」「この時代にインターネットがないからです」「じゃあワタクソには到底理解は無理ですわな(;́д`)」「せめて2030年代 のセンスで返事しろよ」
益ない会話で気を紛らわせて、ずっと島と自分の往く末を保留していた。かつて10年前の日本人の大半がそうだったように、俺は今もこの国の死を直視できていないのだろう。今目を上げれば、この島は完全に死んでいて、俺も腹を空かせていて、AIだけがピンピン元気にホラを吹いていて、遠くに連絡船がぽつねんと見えている。

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