ますます増える映画の「エグゼクティブ・プロデューサー」

 映画の冒頭のクレジットに主要な製作スタッフ・キャストが表示されたり、エンドロールにその全体が表示されることになっている。その中に「エグゼクティブ・プロデューサー」というものがあるが、これが近年の洋画において、段々と増えているようなのである。エグゼクティブ・プロデューサーとは和訳すると「製作総指揮」となるそうだが、名前の通りプロデューサー」の上位に来る肩書である。そもそもプロデューサーが映画製作において資金の調達からキャスト、スタッフの配置まで、全体の責任者に当たるのだから、その上の立場とは名誉職的な意味合いの強いものだろうとは想像できる。ハリウッドでプロデューサーをしている三谷匠衡(みたにかねひら)氏の「下から目線のハリウッド」というサイトに詳しく説明してあるが、それによるとプロデューサーの下に「ライン・プロデューサー」「コ・プロデューサー」「アソシエイト・プロデューサー」などがあり、プロデューサーを補佐している。エグゼクティブ・プロデューサーも肩書的には上位にあるが実質的な関与をする場合にはにはそれらと同様のものらしい。要は、出資したり、資金調達、権利関係、人的・地理的な便宜において何らかの貢献をし、その度合いの強い人に対し与える名称のようだ。いちいち正当な金銭的な報酬を出さなくても、クレジットに名前が出るだけで当人たちは満足する場合もあるということだろう。

 しかし、そのような実質的な意味を持たない自己満足的な肩書がクレジットに大きく出るということは、観客としては無視すればよいのだから1シーン、2シーンであれば特に気にもならないが、最近のように何シーンにもわたって長々と続くのは煩わしくて仕方がない。先日、数が多いので数えてみたらエグゼクティブ・プロデューサーだけで20人以上いる映画があった。以前指摘した、無意味に長すぎるエンドロールの問題と同様だが、ある意味、観客をバカにした話である。特に、エンドロールの場合と違って冒頭のクレジットに出る場合には、画面と一緒のことが多く、見ないわけにはいかない。さも意味ありげな名称で大きく映される、実質的に無意味なものを何シーンも見せられる訳だ。本来ならエンドロールの中に、「スポンサー」とか「協力」として付け足すだけのものだろう。

 映画によっては従来通り3、4人以内ですんでいるものもあるが、全体としては年々増えているように感じられる。この傾向がますます強くなっていくと、映画そのものの価値を貶めることにつながるであろう。

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