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珈琲をいかにしてマズく淹れるか

 ぼくは珈琲は自分で焙煎する。それを挽いて友人に淹れて飲ませると、美味しい美味しいと喜んで飲む。昔の喫茶店の珈琲の香りはこうだったんだと言う。
 六十代の彼女が言う昔の喫茶店というのは、70年代に多く見られたポエムやコロラドなどの珈琲専門店のことだ。
 いまのスターバックス、ドトールなどは、この香りがないと、彼女は言う。自分の叔父がやっていた珈琲店もこの香りがあったと懐かしんでいる。
 彼女が懐かしむ、かつての珈琲専門店と、今のカフェの珈琲は、何がちがうのか。
 1)豆の選択、2)焙煎の仕方、3)挽き方の細かさ、がである。

 小田急線の代々木上原に豆売りもする喫茶店があって、上記3点の条件を満たす美味い珈琲を出してくれるが、そこのオカミさんは、深煎りは悪い豆を使ってるのを誤魔化すためだと言っていた。
 ワルい豆というと、同じ「モカ」や「サントス」でも安いものを使っているのかと思うが、じつはそればかりではない。たしかに、同じ「モカ」でも安いモカを使うということもあるのだろうが、それ以上に問題なのは、よく売られている焙煎した豆のなかに、ロブスタ種を増量用に使った豆が見受けられることだと思う。

 珈琲豆はアラビカとロブスタに大別され、我々が普通知っている「モカ」「サントス」「コナ」「ブルーマウンテン」「イルガチェフ」その他たいていの品種はアラビカ種である。つよい魅力的な香りと、浅煎り〜中煎りのときの酸味が特徴である。(上の写真くらいの褐色に煎ると中煎り。下の写真のようにもっと黒く、表面が脂でギラギラするのが深煎り)
 ロブスタというのは、奇妙なことに、香りも苦みも酸味もない。
 名称は英語のrobustと同じ語源で、「強靱、頑健」などの意味がある。アラビカ種が栽培地、気候条件などを選ぶ脆弱な品種なのに対して、ロブスタ種は栽培地や気候条件を選ばず栽培できるらしい。
 だからといって、ロブスタ種が下等な珈琲だなどと、ぼくは言うつもりはない。

 10年前に仕事で行った中央アフリカ共和国の「茶店」で、純粋のロブスタ種を使った珈琲を飲んだことがある。
 林の中の小道の道ばたの地面の土を固めて、細い樹木の幹を削ったらしい4本の柱を立てて藁屋根をつけただけの「茶店」は、その地面に大きな石をいくつか丸くならべて作った竃を設け、金属の鍋を吊していて、その中に黒っぽい液体が煮えていた。
 飲んでみても、これと言って味らしい味も香りらしい香りもなく、しいて言えば小豆の煮汁のような感じだった。
「これなんですか?」と聞くと「珈琲です」と言うので、これが珈琲かと驚いた。
 ところが、そういう、およそ刺戟性のない飲物が、すごく体にしっくりくるのは不思議なほどで、一緒に来た日本人数名もみな、あれは一度飲むとやみつきになりますねえ、と言っていた。

 そういう豆を、日本では、味も香りも薄いのを利用して、アラビカ種を節約するための増量材として使っていることが多い。これでは、アラビカ種、ロブスタ種のどちらも、味香りともダイナシだ。そしてそれを誤魔化すため、また、なるべく「効率よく」珈琲を抽出するため、豆を極度に深煎りする。

深煎りした豆



 深煎りの何がいけないかと言えば、まず、「モカ」とか「サントス」と呼ばれる各品種が持っている独特の香りが殺されてしまう。しかも、苦いばかりで、酸味がまったくないものになる。豆節約のために極度に細かく挽いていることも、苦みを強める。細かく挽くほど、空気との接触面積が大きいから、香りの逸失も大きい。香りはなくて、深煎り豆独特のくさい「におい」があるのみだ。

 そのうえ第4に、珈琲豆というのは、焙煎後1週間以上置いておけば、味も香りも劣化する。焙煎した豆を密封のパックで売っているのは、まず2〜3週間かそれ以上経ったものだと思っていい。
 よく珈琲の淹れ方を説明して、最初に豆に少量の湯を注いで蒸らすと豆が膨らむと書いてあるのは、1週間かせいぜい2週間までの話で、おそらく大抵のひとが、ちっとも膨らまないので、自分の淹れ方がよくないのかなどと思っているのではないだろうか。ぼくもそうだった。ネスカフェの CM が「挽きたての味と香り」などと言っているのは大嘘で、大事なのは「炒りたての味と香り」なのだ。「挽き立て」などと言っているのは違いがわからないからこそ書ける迷コピーである。

 いまの多くの喫茶店の出す珈琲や、そちこちで売られている珈琲豆は、そういうわけで、豆を三重に殺した珈琲だ。ぼくの淹れる珈琲を友人がたいそう喜んで飲んでくれるのは当然の話で、とくにぼくの煎り方がいいわけではない。「煎り上手」というアルミ製の焙煎器を使っているのも成功のもとだし、ぼくは豆を粗挽きするから、美味くできるのだろうけれども。
 こういう焙煎器で手煎りした豆は、店で売られている大きな機械で焙煎したものに比べて煎り具合に多少のムラはあるが、それでマズいということは決してない。
 こうして淹れる珈琲のコストは、1杯(150cc くらい?)で30円にもならない。

発明工房の「煎り上手」 

(なお、珈琲は豆(種)の芯に毒素を持っており、濃く焙煎すると毒素がなくなる、ということを、ある珈琲豆屋さんが言っていたが、ほんとかどうかわからない。そのマメ屋さんは、深煎りの豆しか売ってなくて、買って淹れてみたら、焙煎後2週間以上は経ったものだったし、どう見ても売れてる店ではなかったから、あんまりその話も信用できない。少なくともぼくがこれまで10年以上、中煎りで飲んできたかぎりでは、体に害らしいものは表れていない。中煎りでも、割ってみると豆の芯まで火が通っていることがわかる。何かご存じの方、ご教示いただければありがたいです。
 また、アラビカ種の豆の栽培に標高の高い土地が選ばれるのは、害虫が少ないので、農薬を使わずに済むからだそうだ。ただし、そのほうが産地が限られるだけに値段が張るらしい。しかも、輸出する際に防腐剤、防菌剤などを散布するので、焙煎した豆から出る薄皮(チャフと言っている)は、ちゃんと取り除いたほうがいいとのこと。
 深煎りした珈琲は、焦げた味だが、発癌性はないのだろうか。ほかの食べものなら、焦がせばアクリルアミドが出来て、それが癌の原因になるとされているのだが・・・)

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