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『文とは何か』(光文社新書)序文公開 橋本陽介

https://www.amazon.co.jp/dp/4334044883/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_liUwFbHPCDT01 @amazonJPより

最新刊『文とは何か 愉しい日本語文法のはなし』

文法はエンタメだ

 私たちは普段、言葉を使って生きている。言葉を持っているところこそ、人間が人間であり、他の動物とは異なる点である。
 とすれば、言葉とは何か。それは私たち人間の本質にかかわる問題だ。
 本書は、言葉とは何かという壮大な問いについて考える。
 言葉について研究している学問は、言語学である。言語学では言葉について、「文」なるものが基本的な単位と認定されていることが多い。
 では「文」とは何か。それを考えるのが「文法」である。本書では、「文法」、それも日本語の「文法」を題材とし、私たちが使っている日本語について理解を深めるとともに、「文」とは何か、言葉とは何かへと迫っていく。
 文法は退屈だ、嫌いだ、と拒絶反応を起こす人が少なくない。日本語の文法については、中学や高校で無理やり勉強させられる。なんでこんなことをやっているのか理解できなかった人が多いかもしれない。つまらないうえに、役にも立たない。それが文法の一般的なイメージになってしまっている。
 かわいそうだ。
 私は言いたい。文法はめちゃくちゃ面白い。エンタメである、と。本書を通じて、知的なエンタメの世界へと、案内したい。

国語の授業はなぜつまらないのか
 

 文法は学校の授業においてとにかく評判が悪い。中でも日本語の文法はそうだ。英語の文法も最近ではやり玉に挙がることがあるけれども、英語を読み書きするためには文法を学ぶことが近道だし、話したり聞いたりするためにだって本当は必要だ。これについてはかなり多くの人に認められているところだろう。
 だが、日本語の文法はそうではない。中学の授業で教わった文法をよく理解できていなくても全く問題がない。だからそんなものを学ぶよりも、もっと実用的な文章の書き方だとか、読み方だとか、そうしたもののほうが重要だという声が上がるのも無理はない。
 では、なぜ国語の授業で習う文法はつまらないのだろうか?
 役に立たないからではない。むしろ逆だ。学校で教わった文法というのは、本当は超実用的なのだ。実用的すぎて無味乾燥、カラカラすぎて知的興奮を覚えない。何かに即「役に立つ」というのは、えてしてつまらない。
 そんなはずないではないか、役に立った覚えなどない。何の役に立つというのか?
 古文の読み書きをするためだ。古文を読み書きするのに、学校文法は非常に有用だ。とりあえずこれだけ学べば、手っ取り早く古文を理解することができる。現代の私たちは古文の読み書きをしなくなったために、有用だと感じられなくなってしまったのである。かわいそうな存在だ。
 今、学校で教わっている文法の体系は、戦後すぐから大きくは変わっていない。戦前や戦後すぐは、まだ古文(というかそのころは「文語」と呼ばれていた)の影響力が強かった時代である。話している言葉に近い「口語」ではない「文語」を理解するためには、整理された文法を習ったほうが早い。学校の文法とは、古文(文語)を理解するために超実用的に作られているものであって、それは今でも変わっていない。
 実用的すぎて表の暗記ばかり。退屈で無味乾燥。文法の意義すら教わらない。
現代語の文法はというと、これはもっとひどい。古文のおまけみたいなものだ。そもそも古文のための文法をそのまま流用しているものだから、実用的でもないし、面白くもないものになっている。
 だが、まったく役に立っていないわけではない。いちおう、主語とか述語とか、修飾語とか、文の構造を学ぶことができる。これを学んであるので、英語などを勉強するのにもちょっとだけ役に立つ。大学等で第二外国語をやるのにもちょっとだけ役に立つ。
 だがあくまでちょっとだけだ。英語で教わる文法と、国語の時間に教わった文法は、用語の使い方からしてずれている。これでは英語と日本語の関係性もよくわからない。
 もちろん、専門家の間でも学校文法の批判なんて、新しい話題でも何でもない。学校文法が生まれてこの方批判され続けている。戦前に作られた理論なのだから、その後に何十年も行われている言語学の成果をほとんど反映していない。
 ではなぜ変えられないのか。一つには、古文学習にとっては依然として有効だということ。そして、それより大きな問題なのは、文法理論というのは、悪いところをちょっと補修すればいいわけではないところだ。全面的な建て替えが必要になってしまう。全面改築なんてされた日には、全国の先生方が大混乱に陥ってしまう。
 とにかくそんなわけで、学校で教わる文法なるものは、不当にも無味乾燥なうえに役立たずの烙印を押されてしまっているのである。

人間の本質に迫る


 というわけで本書は、日本語の文法を出発点とする知的エンターテインメント書籍である。そのスタートとしては、評判が最悪の学校で教わった文法から入る。
 そんなのはもう忘れた、と言わないでほしい。あれがいったい何だったのかも、きちんとわかるようにするし、英語との対比も行う。これで日本語の文法についてよくわかるようになるはずだ。
 そのうえで、私たちの使っている日本語がどのような言語であるか明らかにしていく。さらに、「文法」の単位である「文」なるものが何なのかを探る。「文」なるものは、人間の本質にかかわる。もしくは、人間の本質を反映しているのが「文」である。知らないでいられようか?
 文法はめちゃくちゃ面白い。人間の言葉は面白い。読者にそう思ってもらえれば幸いである。


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