20世紀探偵
「20世紀探偵」で私は探偵をしている。ライセンスはC級。要するに「巧い・安い・早い」が売りのリーズナブルな探偵ということだ。C級ライセンスの探偵に回ってくる仕事などというのは、不倫や浮気の調査だとか、家出した子どもの捜索だとか、コンビニやスーパーの万引きの予防だとか、害虫や害獣の駆除だとか、そういった種類のものだ。探偵というよりはほとんど便利屋に近い。
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専用オフィスなどといったゴージャスなものはS級の探偵にしか貸与されないので、A級やB級やC級の探偵はほとんどが自宅をオフィスにしている(もちろん私も自宅がオフィスだ)。
依頼はほとんどが専用のアプリケーションを通してやって来る。一応の流れとしては、まず依頼者がアプリケーションを使って依頼をする。依頼をする際にはS級、A級、B級、C級の各グレードの探偵を選ぶことができるが、もちろんグレードが上がるにつれてコストも上がる(逆を言えばグレードが下がるにつれてコストも下がる)。その依頼を「20世紀探偵」本社の専門部門がまたアプリケーションを通して、各グレードの探偵に連絡をする。そして我々「20世紀探偵」の探偵が依頼を受けるかどうかを決定する。顧客→企業→従業員。要するに「20世紀探偵」は依頼者と探偵との仲介役というわけだ。シンプル・イズ・ザ・ベスト。
依頼を受けるかどうかは各々の探偵たちに決定権があるが、C級探偵の私などはほとんど仕事を選んでいる余裕はない。いちいち仕事を選んでいたらあっという間に給料がなくなってしまう。給料がなくなってしまえば家賃も払えないし、公共料金も払えなくなる。クレジットカードの引き落としもできなくなれば、ローンの返済もできなくなる。世知辛い世の中だ。
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閑話休題。
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ところでいま私はリビングルームでくつろいでいる。私はコメディと酒と煙草が好きだ。時間と金さえあれば、いつでも酒を飲み、煙草を吸い、コメディを見ている。今日この瞬間もモンティ・パイソン(英国のコメディ・グループ。1960年代に放送された『空飛ぶモンティ・パイソン』は今日におけるコメディ分野のクラシックとされている)のスケッチやラーメンズ(日本のコメディ・グループ。2000年代に日本で活躍。死後世界的に評価が高まり、各種コントは前述のモンティ・パイソンと同じく今日におけるコメディ分野のクラシックとされている)のコントをインターネットで見ながら、ハイネケンを飲み、アメリカン・スピリットを吸っている。モンティ・パイソンとラーメンズは何回見ても最高だ。あなたがまだ見たことがなければ、一度見てみることをおすすめする。
ちなみになぜこんなことをしている時間があるのかというと、依頼が来ないからだ。当然のことながら金はない。もう依頼が来なくなって一週間ほどになる。一週間も依頼が来ないというのはいくら何でもひどすぎる。アプリケーションで窓口に問い合わせても、「C級ライセンスの探偵への依頼は現在ありません」の自動返信が返ってきたきりだった。クソ! ゴミ! クズ! カス! 一週間も仕事をしていないと、探偵としてのアイデンティティがわからなくなってしまいそうになる。
いや、そもそも探偵としてのアイデンティティとは何だろう。私はソファにもたれかかって考える。C級探偵の私に探偵としてのアイデンティティなど最初からないのではないだろうか。C級探偵なんてほとんど便利屋同然だ。一度でいいからS級探偵のように清潔なオフィスを構え、ハンチング帽を被り、トレンチコートを着て、本物の20世紀の探偵のように仕事がしてみたいと思わないこともない。しかし、S級探偵にはS級探偵なりの苦労や悩みがあるのだ。きっと。おそらく。たぶん。
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そうこうしているうちにアプリケーションの通知が鳴る。私は見ていたコメディ番組をストップし、ビールを飲み干し、煙草の吸い殻を捨てる。一週間ぶりの依頼だ。私はアプリケーションを開き、メッセージの内容をチェックする。
「C級ライセンスの探偵への依頼あり。指名。」
指名? 私は一瞬わけがわからなくなる。指名ということはC級の探偵なら誰でもいいということではなく、わざわざ私を指名して依頼をしてきたということだ。私は続きを読む。
「機密法該当の依頼につき、詳細は窓口までお問い合わせください。」
私は椅子から立ち上がり、キッチンへ行く。冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、コップに注ぐ。そしてミネラルウォーターを飲みながら、もう一度依頼を確認する。もちろん内容は変わらない。「C級ライセンスの探偵への依頼あり。指名。機密法該当の依頼につき、詳細は窓口までお問い合わせください。」。
ますますわけがわからない。「機密法該当の依頼」ということは何かしら国家レベルでの依頼ということだ。どうしてC級ライセンスの私をわざわざ指名してまで、国家レベルの依頼がやって来るのだ。システムエラーによって、S級探偵へ行くべきメッセージが私のところに来てしまったとしか考えられない。
私は確認のため、「20世紀探偵」本社へ問い合わせてみることにした。
thx :)