見出し画像

はる、なつ、あき、ふゆ、そしてまたはる(7)

 「H氏賞と芥川賞を同時受賞する」というような馬鹿みたいな夢を語っても恋人は笑わなかった。でも「最終的にはノーベル文学賞を受賞する」と言ったらさすがに笑われた。それは我々が世田谷のアパートで同棲を始めて一ヶ月後くらいのことだったと思う。

 夜中のリビングで我々はお互いの作品について論評し合っていた(そのころには恋人も短歌を始めていたのだ)。私も恋人もまだインターネットで作品を発表し始めたばかりのアマチュアだった。私は恋人の短歌を批評し、恋人は私の詩や小説を批評した。

 しかし、批評が圧倒的に上手いのはやはり恋人の方だった。私は恋人の書く短歌についてほとんど理解していなかった(短歌という形式を重視する文学に関する造詣がほとんどなかったせいかもしれない)。私は恋人の作る短歌に対して「これはわかる」とか「これはわからない」とかそれくらいのことしか言えなかった。

 それでもあのころの我々は朝までよく語り合ったものだった。あまりに話に夢中になりすぎて夜が明けたことにも気が付かないくらいのときだってあった。我々は二人とも若く、将来の夢に燃えていた。

 あの時代はそんな風にして毎日が過ぎ去っていったものだった。

目次

thx :)