ある都市生活者の孤独(lonelinessとsolitude)

 毎朝、目覚めるたびに「今日も生きてる」と思う。寝ている間に死んでいればよかったのに。ベッドサイドに置いていためがねをかけ、リビングへ行く。茶碗にご飯を盛り付ける。インスタントの味噌汁とパックの納豆を準備する。ミネラルウォーターをグラスに注ぐ。Macを開いて、ネットニュースを見ながら朝食をとるのが毎日のルーティンになっている。別にニュースに興味や関心があるわけではないけれど、何となくそれが習慣になってしまっている。

 歯ブラシに歯磨き粉をペーストし、歯を磨く。顔を洗う。オフィス用の服装に着替え、腕時計を付け、靴を履く。駅までは数分。郊外から都心へ行く満員電車に乗る。

 オフィスは都心にある。出社するとまずiPadで写真を撮る。スマイル。上司や同僚に挨拶をする。デスクに座ってデスクトップ・コンピュータのスイッチをオンにする。キーボードを叩いて朝から夜まで仕事をする。取引先と電話をしたりメールをしたり、社内用や社外用の書類を作ったりする。仕事をしながらたまに自分が何をやっているのかわからなくなる。「現在自分がやっているこの仕事はいったい何の意味があるのか」などと考え始めると何もわからなくなりそうになる。さいわいなことに仕事は無数にやって来る。退社するときもiPadで写真を撮る。スマイル。

 都心から郊外へ行く満員電車に乗る。マンションへ帰ってきてすぐルームウェアに着替えてリラックスする。カルボナーラとマルゲリータ・ピッツァを作る。缶ビールを飲み、煙草を吸う。フローベールの『ボヴァリー夫人』を読む。小津安二郎の『東京物語』を観る。

 ソファに寝転がりながらiPhoneでSNSをチェックする。政治的な問題について意見をする人びと。小説や音楽や映画や絵画について語る人びと。恋人とのツーショットをアップロードする人びと。友人とコミュニケーションする人びと。つながっているようでつながっていない他人どうしの群れ。

 風呂につかって一日の疲れをケアする。ふと「孤独だ」と思う。自分には恋人もいなければ友人もいない。ペットの一匹だっていない。そして英語には二種類の孤独があるという話を思い出す。lonelinessとsolitude。記憶があいまいだけれど、lonelinessが受動的な孤独で、solitudeが能動的な孤独というようなニュアンスだったはずだ。もしかしたら逆だったかもしれない。あるいは全然そんな意味ではなかったかもしれない。でも日本語では孤独は孤独だ。「自殺しようかな」と一瞬考える。絶対に自殺なんてしないのに。

 ベッドで眠りにつく前に日記を書く。今日は何をして、何を思って、何を考えて、何を感じたのかを詳細に書く。毎日がほとんど同じ。何も変わらない日々。平凡きわまりないこんな人生があとどれだけ続くのか。そうして一日が終わる。眠りにつく。

 翌朝、東京で巨大な地震が発生した。

thx :)