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はる、なつ、あき、ふゆ、そしてまたはる(12)

 東京の色々な町を我々はいっしょに歩いたものだった。

 世田谷で同棲していたころ、私と恋人はお互いにフリーターでとにかく貧乏だった。毎月の家賃や公共料金やその他色々な費用をやりくりするだけで精一杯というのが正直なところだった。だから我々はよく東京の色々な町に電車で行ってはひたすら散歩して過ごしたのだった。そして偶然見つけたカフェやバーに行っては、一杯だけ飲み物を注文して一時間も二時間も居座った。我々は基本的にそこで本を読んで過ごした。話をするとしても、話題は主に文学や映画のことだった。あるいは音楽や美術のことだった。話しても話しても話題はつきなかった。もちろん詩や小説、あるいは短歌の創作論についてもとめどなく話をした。

 特によく行ったのは下北沢や高円寺だった。下北沢や高円寺はよく「サブカルの町」だ何だと揶揄されがちだけれど、単純に我々にとってここちのいい場所がそこだったというだけの話だ。下北沢の「台無し」という名曲喫茶や高円寺の「危険物」というジャズ・バーは我々の行きつけだった。どちらもとにかく値段が安く、店内にはあらゆるジャンルのアートに関する書籍が所狭しと並んでいるような店だった。

 いまではもう「台無し」も「危険物」も潰れて、チェーンの居酒屋やカフェに変わってしまったのだけれど、我々はいまだにときどき「台無し」や「危険物」で過ごしたあてのない日々のことを懐かしく思い出すのだ。

 時代は変わる。

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thx :)