BTSとグラミーとアメリカと。
バンタン・ボーイズへ、愛と感謝を込めて。
■日本時間3月15日(月)のこと
それは、朝からやたらとEメールが届いた日だった。
メールのタイトルは全て、【WOWOW第63回グラミー賞】速報!!
送り主はWOWOWのプロモーション担当氏。わたしは音楽関係のジャーナリストと認識されているらしく、内容は読んで字の如しで、グラミー各部門の受賞速報である。
ハリー!
アンダーソン!
HER!
ミーガン!
デュア!
ビヨンセ!
テイラー!
ビリー!
よくもここまでこまめに送ってくるものだと思いながら眺めていたが、待てど暮らせど「B」、もしくは「バ」、あるいは「防」の字が踊るEメールは一向に来ない。
だが。本当に「待てど暮らせど」なのか?
そもそもグラミーに何を期待できる?
■グラミー、グラミー
グラミー賞といえば。
1989年に新設された最優秀ハード・ロック/メタル・パフォーマンス賞を、絶対王者的最有力候補のメタリカではなく予想外のダークホースで大穴のジェスロ・タルが受賞してしまい、全世界を混乱と困惑のずんどこに陥れたことは記憶に新しい(……?)。
同じ1989年に誕生した最優秀ラップ・パフォーマンス賞は、LL・クール・Jでもクール・モー・ディーでもなくDJ・ジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスの"Parents Just Don't Understand"が獲得。
翌年もやはり、パブリック・エナミーでもデ・ラ・ソウルでもなく、ヤング・MCの"Bust a Move"が受賞した。
上記ラップ・パフォーマンス賞を獲得した2アーティストは、どちらも軽んじられるべきではない(ジェスロ・タルも)。だが、LLやPEをさておいてフレッシュ・プリンス(現ウィル・スミス)やヤング・MCを選ぶあたりに、ザ・レコーディング・アカデミーの会員の諸先生の信条が見えてくるのも事実だ。ジャンル内の格や番付、評価に従うことをよしとせず、自分たちの価値観を貫き通す、ということ(……と言うとカッコいいが、要は安定志向で保守的なのである)。
言い換えれば「時代の先を行く」わけでもなく「時流を読む」のでもなく、「時代を常に読み間違える」のがグラミーなのだ。
その意味で今回のグラミーの主役は、注目されながらも受賞を逃したBTSだった(さらに言えばノミネートすらされなかったザ・ウィーケンドでもあった)。
■Did you see their bag?
そんな2021年3月。BTSが「いつからアメリカの主要アウォーズで受賞してきたか」を振り返ってみた。
グラミーが他のアウォーズのことをどう考えているかは知らんが、Billboard Music Awardsという賞がある。同アウォーズのTop Social Artist部門でBTSが受賞したのはとても早く、2017年5月だ。
さらに挙げると、American Music AwardsのFavorite Social Artistとなったのが2018年10月。MTV Video Music AwardsでBest Groupに選ばれたのは遅いが、それでも2019年8月。
もちろん、アウォーズの仕組みも各部門の特質もそれぞれに違うが、それでも、グラミーがどれだけのんびりしているかがわかろうというものだ。
しかし、そんなグラミーも「BTS出演!」の引きの強さはわかっていると見えて、「この後でBTSがパフォーム!」の告知で引っ張りまくり……結局、ほぼ大トリではないか!
■ミヤネ・ビルボード
ここで、わたしが属する別の世界についても紹介しておこう。それはもちろんSF、つまりサイエンス・フィクションだ。
このSF界には2大アウォーズがある。
ヒューゴー賞と、ネビュラ賞と。
業界の権威たちによって決まるネビュラは、ハッキリとグラミー的な賞である。
それに対してヒューゴーは、年に一度の世界SF大会に登録したand/or参加するSF偏愛者の投票で決まる。だからMTV Video Music Awards的とも言えるし、市場で残した成績が物を言うBillboard Music Awardsに近いとも言えるかもしれない。
だから、ここでBillboard Music Awardsについて書いておこう。
BTSの映画を見ていたら"歳を経たロック怪人"のような人物が出てきて、「誰やねん!」と思ったらビルボードの偉い人やった……という思いをしたのはわたしだけだろうか?
それはともかく、ビルボードは最も早くBTSに反応したアメリカのメディアと言えるだろう。BTSの躍進を「アメリカ産アイドル不在のタイミングでSNSを頑張ったからスターになれた」と評した日本のビルボードとは全く違う体質のメディアだ。
数字・チャート・実績に直結した会社だからこそ、いち早くリアクションできたのだ……と考えることもできよう。だが、その米ビルボードが主催するBillboard Music AwardsでBTSが初受賞した際に、全米のレイシストどもが残したコメント(ビルボードのせいではない)を、わたしは忘れない。
「このアジアのクソたち、誰? BTS? なんで?」
「こんな連中が賞を取っても、アメリカでは誰も韓国の音楽なんか聴かないよ」
「韓国の賞に参加するアメリカ人アーティストなんていないんだから、BTSも韓国に帰れ」
「アウォード番組も堕ちたものだ」
「オーディエンスがこいつらを知ってるのも謎」
嗚呼。
■Representation Matters: Singularity
だが、アジア系アメリカ人たちの反応は違った。当然と言えば当然だが。
彼らはBTSの躍進に希望を見たのだ。
曰く「待ちに待った、アジア人/アジア系による表現! アメリカの音楽業界やメディア、ポップ・カルチャーに、"我々"によるレプリゼンテイションをもっと!」。
アジア系アメリカ人であることは、アイデンティティについて悩むことと同義だという。憧れ、自分たちを重ね、夢を見る対象である同胞のロールモデルがあまりに少ないからだ。
だが今や、太平洋を越えてやってきた綺麗な青年たちが、圧倒的な才能で全米をキャーキャー言わせるように! 彼らに憧れ、夢を見るのは自然ななりゆきだろう。
それと関連して。
BTSの全米ブレイクが、他のアーティストたちにとっての突破口となったのも、また事実である。
ここで、BTSのアルバム(EPも含む……というより、区別がつかん!)が『ビルボード』誌のBillboard 200、つまり総合アルバムチャートで残した記録を見ていこう。
2016年の『Wings』が最高26位、2017年の『Love Yourself: Her』が7位。そして2018年の『Love Yourself: Tear』からは、同年の『Love Yourself: Answer』、2019年の『Map of the Soul: Persona』、2020年の『Map of the Soul: 7』、同年の『Be』と5作連続で1位を獲得することになる。
■Representation Matters: Serendipity
だが、『ビルボード』誌のBillboard 200で高位にランクインしたのはBTSだけではないのだ。
2016年以降にBTSがアメリカの音楽マーケットに与えたインパクトを追うように、他のK-POPグループも好成績——以前ならアジア勢に望むべくもなかったような規模の——を残している。
2018年のEXO『Don't Mess Up My Tempo』が23位。2019年のBlackpink『Kill This Love』は24位、同年のNCT 127『We Are Superhuman』は11位、同じく同年のSuperMの『SuperM』に至っては1位。2020年のMonsta Xによる英語作『All About Luv』は5位。その後も、特にSuperMとNCT各種の快進撃は続いている。
K-POPグループ経由の中華圏メンバーも躍進めざましい。EXOのメンバー(わたしに言わせれば幽霊部員だが)、湖南省長沙市出身のLAYの2018年作『Namanana』は、半分が北京語曲でありながら21位。GOT7のメンバーで上海系香港人のJackson Wangが英語で歌う2019年のソロ・デビュー作『Mirrors』は32位だ。
■Representation Matters: Speak Yourself
アジア勢のアメリカ進出だけでなく、アジア系アメリカ人たちによる表現が目立つようになるのも、BTSの『Wings』以降と言えるだろう。
韓国系アメリカ人ラッパー/シンガー、Jay Park(元2PM)が、アジア系としては初めてジェイ・ZのレーベルRoc Nationと契約したのが2017年。日系アメリカ人ビジネスマン、ショーン・ミヤシロのメディア/レーベル/マネージメント会社である88risingがHigher Brothers(四川省のヒップホップ・グループ)等のアメリカ・リリースを手がけるようになるのは2018年。制作陣にも出演陣にもアジア系欧米人とアジア人が結集、予想外の大ヒットを記録した映画『Crazy Rich Asians』は2018年8月だ。
とはいえ、アジア系アメリカ人カルチャー・ルネッサンス直前!と見えた状況はコロナウイルス前の出来事である。
追い風と見えたのもつかの間、今や「ウイルス」「病原菌」「中国に帰れ(必ず中国)」と再び迫害を受けているアジア系アメリカ人コミュニティ。そんな彼らにとって、エンタテインメントやポップ・カルチャーが助けになるか?
もちろん、イエス。
BTS以降に激増したアジア人&アジア系ミュージシャンの活躍や、『Crazy Rich Asians』を契機にゴーサインがどんどん出るようになったアジア系テーマのTVドラマ群(ベイエリア伝奇アクションの『五行の刺客』やブルース・リー原案の『ウォリアー』など)は少なからず、彼らの心の支えになっているのではないかと思う。
つまり、BTSと「#StopAsianHate」「#AsiansAreHuman」といったハッシュド・タグが関連づけられているのも、ゆえあってのものだ。
そして例のトレーディングカード。あれは、アジア系ピープルが目指してきたレプリゼンテイション拡大&向上を全否定するようなものであり、特に彼らへの弾圧が超絶エスカレイトしている今現在、あれを「風刺ですから」と公開するシャルリー・エブド的な神経が信じられない。だから「#RacismIsNotComedy」なのだ。
■Meanwhile in Japan
最初に書いた通り、グラミー賞に過度の期待は禁物だ。だが、彼らの受賞を望む人は我が国にも多かった。だから、こんな報道もある。
とても視野が広い。さすが、飛行機が墜落したら「乗客に日本人はいませんでした」の国である。