ギフトだわーい2

「全く、最近の職員たちは皆我々への敬意が足りないというか!・・・近頃なんて誰も私の控室に寄り付きやしないんだ。お陰様で延々孤独さ」
「はいはい。でもそれ、貴方ご自身のせいですからね。貴方、往々にして機嫌取りが面倒くさいんですよ。ご機嫌でも脱走、不機嫌でも脱走って」
 しかも脱走しない作業結果範囲が全ALEPH最小って、わがままが過ぎるんじゃないですか。そう追撃を掛けると、華麗な白の燕尾服に身を包んだ“彼”は拗ねたようにまたタクトを磨きだした。象牙だろうか、何故だか“人間のように”見えてしまっているT-01-31「静かなオーケストラ」の持つ演奏のための小道具には、随分と洒落た装飾が施されていた。

 漏電ゴーストがこのアブノーマリティに人間のような姿を見るようになったのは3か月ほど前、よりによって脱走したそれを鎮圧した直後の事だった。普段上半身のみのトルソーに掛かった白い燕尾服でしかないはずのその中心に突如、目や口、鼻から血を噴き出しながら蹲っている“彼”を見つけたのだ。
 “彼”の生むE.G.O.スーツによく似た衣装ではあったが明らかに装飾等が違った為、最初は何なのかさっぱり分からなかったのだが、忌々しげにこちらを睨んで消えていったかと思ったら次に会ったのは収容室だったため、TOP5と称される先輩たちが時折話していた“見えちゃう”というのはこのことだったのだな、と納得した次第である。
 以来、何を気に入られてしまったのか管理に向かうたびにああだこうだと話しかけられる訳だが、なんせ本当に良く喋る男なのである。管理人も諦めたのか、今更静かなオーケストラに対して作業結果普通を求めたりもしないため、管理に向かえば専らさせられるのは愛着作業だ。となればもう、彼の独壇場である。象牙のタクトを丁寧に磨きながら、今日も静かなオーケストラは喋る。

 規定通り作業を終え、記録を付け終える。ボールペンをかちりと鳴らすのがいつもの終了の合図だ。すると、静かなオーケストラはなんだか寂しそうな顔をしながらも、興味なさげな声で今度はいつ来るんだい、と尋ねるのが常だった。
「今回、やっぱり貴方ご機嫌だったでしょう。となると、しばらく来ませんよ。また明日か、もしくは今度は貴方が引きずり出される時でしょうね」
「・・・、隣に無名の胎児でも呼んでやろうか、全く」
「勘弁してください。貴方はエネルギーを吸うだけかもしれませんが、胎児は犠牲が必要なの知ってるでしょう。貴方のお仲間と同じ、ルーレットでね」
「アレを私らの仲間などと呼ばないでくれよ、あんな泣き虫の面汚しとは違う。・・・仕方ない、またこんな地下深くに押し込められて、一人きりか」
 そう言われても。どのクラスのアブノーマリティにも基本的に個人的な感情を抱くことは禁じられている以上、ここで可哀想、などと思う訳にはいかない。ましてや、この静かなオーケストラはこう見えてもALEPHクラスだ。機嫌を取るのは収容室の中だけである。
 はぁ、と静かなオーケストラは、凝った髪飾りを揺らして立ち上がった。まるで人間と変わらないように見える、ある種の幻覚かも分からないが、いつもと違う反応に漏電ゴーストは思わず足を止める。そして、何かを差し出された。
「・・・あげるよ、君、もう何度も来てるだろう。だからまた来いとは言わないがね・・、もし私の贈った服を着てこのモノクルを掛ければ、きっとどのアブノーマリティの心無い言葉さえ、癒しとなるだろうから」
 かちゃり、と手の平に落とされたのは、銀色のモノクルだった。E.G.O.ギフト、“ダ・カーポ”・・この支部で彼からギフトを貰ったものは未だいないという話だった。
 早く帰りたまえよ、と収容室の奥に戻った静かなオーケストラは、再び黙ってタクトを磨き始めた。黙示録の曲に備えると言われるその姿は、まだ見ぬ観客の狂乱を見据えているようにも見える。
「・・・、ありがとうございます。ダメージ吸収ができるのは貴方のE.G.O.だけですから、大切にしますね」
 反応が返ってこないのを確認して、漏電ゴーストは収容室を出る。人を狂わす演奏をするこのオーケストラも、通常、収容室は静かであった。

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