ギフトだわーい1

 なんだか知らないが、よく分からないものが見えるようになってしまったらしい。とうとうエンケファリンがヤバイところまで回って来たかな、まぁ、世話に行くたびに流血沙汰になるような職場なのだ、仕方がないと言えば仕方がないと思うが。
 今日もまた、そうだ。収容室の扉を開けて暫く、ずっと鳴り響いていた獰猛な獣の吐息のような音が気が付いたら止んでいた。O-06-20、本来その姿は、歪に捻じれた人間の残骸のはずなのに。
「やぁ、今日は君なんだね。こんにちはマリツァ、また僕の話し相手になってよ」
 今マリツァが視認しているのは、笑顔でこちらを歓迎する茶髪の優男だった。

 「何もない」と呼ばれるこのアブノーマリティがふとこの男の姿とダブるようになってから、もう1か月ほどたつ。色々な翼の持つ特異点の集合体のようなこの施設じゃあもう何が起こってもいい加減驚きもしないが、収容室に普通に“人間のようなもの”が立っていた時は流石に声を上げて後ずさってしまった。先輩方曰く、他にもこんな風に見えてしまうアブノーマリティというのはいるようで。とはいえこの「何もない」、ただ楽しそうに喋るだけなのである。自分の正義感さえ揺らがさずに話相手をしていれば、基本的に問題を起こさない大人しいアブノーマリティだ。
 規定時間愛着作業を行い、終了の合図とともに立ち上がる。また指示されたら来ます、と踵を返そうとすると、返ってきたのはいつもの“Good bye!”ではなく、待って、という言葉だった。
「何ですか?」
 袖を掴まれた。E.G.O.の準備。「何もない」は機嫌を悪くすると、収容室内で職員の皮を剥ぎ取り、“着る”。まぁその過程は一瞬すぎて武器など構えたところで何の意味も無いのだが・・振り返ると、「何もない」は何かを差し出してきた。
「あげるよ、これ。君もう何度も来てくれてるでしょ、僕の話いっぱい聞いてくれるし。I love you...だから、また来てね!」 
 手渡されたのは、ぬらりとした眼球のようなものだ。3つ、これは。
「・・・これ、どうすれば」
「ほっぺ。頬に付けるんだ。そうすると多分、元気が出ると思うよ」
 やってあげる、と手の中の眼球が取られ、抵抗する間もなく左頬に指先が滑らされる。何か、付いた。気味が悪いこの何とも言えない感触、埋め込まれたのとは違うが、目の前の男の満足そうな笑顔に、何故か拒否する気力が吸われていくようだった。
 元気が出ると思う、か。こんな会社に勤務していて元気も何もないとは思うが、恐らくこれが彼固有のギフトなのだろう。恐らく体力上昇効果。ありがたいのはありがたいが、この眼球の瞳孔の色が、つい先日この収容室で死んだ職員のものと同じだったような気がして、思わず引き剥がしたくなる衝動に駆られた。
「・・・ありがとうございます。貴方がくれた装備と貴方がくれた武器・・そして、ギフトまで貰っておいて、これで貴方を鎮圧するだなんてことになってほしくないなと祈ってますよ」
「大丈夫、僕のあげた武器は僕には効かない、僕らALEPHはみんなそうさ。でも、また話し相手になってくれたら嬉しいな!僕が望んでるのはただそれだけだから」
 じゃあ、Good bye!と、「何もない」は手を振った。軽くため息をつき、左頬の濡れたような感覚にえづくような思いをしながら、マリツァは収容室の外に出る。ドアの窓越しに中を見ると、既に男は消えていた。
 肋骨のように見える骨を鳴り響かせ、「何もない」がただ『存在』しているだけであった。

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