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僕らの原罪

笑って、心が痛むときも
笑って、心が壊れそうでも
ジミー・デュラン/スマイル

※この記事には『タコピーの原罪』のネタバレが含まれ、かつ、ややセンシティブな内容が含まれます


「…はい。以上が『タコピーの原罪』のお話でした。みんな、どうだったかな?」
「面白かった!」
「ハッピーエンドで良かった!」
「タコピーがいなくなって悲しかった!」
「え、あれハッピーエンドかなあ?」
「東くんがかっこよかった!」

「うんうん。いろんな感想があるよね。じゃあ、皆さんに質問です。タコピーで好きなキャラクターは誰かな?」

「しずかちゃんです!かわいいから!」
「まりなちゃんです!お母さんに優しいから!」
「東くんです!がんばりやさんだから!」
「潤也くんです!かっこいいから!」
「タコピーです!みんなをハッピーにしてくれたから!」

「うんうん。魅力的な子ばっかりだよね。じゃあ、もうひとつ質問です。タコピーで嫌いなキャラクターは誰かな?」

「しずかちゃんです!チャッピーとパパに固執して殺人にも平気でいられるような倫理観のない子だから!」
「まりなちゃんです!親から虐待されてようがいじめを容認する理由にはならないから!」
「東くんです!コンプレックス丸出しで気持ち悪いから!」
「潤也くんです!なんでもできてウザいから!」
「タコピーです!頭お花畑で現実を何もわかってないくせに理想ばっかり語るから!」





はい。タコピーの原罪。僕は「ネットで話題」なコンテンツはあんまり触れない方なんですが、あんまりにも話題というか、これに感情を揺さぶられている人を異様に観測したもんですから、流石に興味が湧いて読んでみたんですよ。
面白い。
面白い、し、なんかあるぞ、と。

まず演出力があります。漫画というメディアで物語を演出する力という意味でももちろんそうですが、毎週のWeb連載という形式をよく活かしていると思いました。具体的に言えばクリフハンガーの引っ掛け方とかですね。次が気にならない話が「ない」。ないってのはすごいです。どんな骨太のドラマだってどんな人気の漫画だってダレる回はあるというのに。元々話を短くまとめるつもりだったからというのもあるんでしょう。話の内容も今の時代に寄り添ったものだし、Webの即時性と相性がいい作り方をしているのが人気の秘訣と言えるんじゃないでしょうか。

あと絵が良いです。シンプルに。ややデフォルメされたキャラクターデザインが豊かな表情とキラキラのトーン(っていうんですかね、背景とかの特殊効果的なやつ)と調和してます。しかし同時に、その絵柄で凄惨なシーンがあるもんですからインパクトがあります。作家の個性に近い絵柄が先述した漫画的な演出力とも絡んで物語を強靭にしているのです。端的に言えば上手いんですな。作者であるタイザン5氏の別作品、『キスしたい男』『ヒーローコンプレックス』をそうとは知らず読んだことがあったのですが、自分の強みをよくわかっているような気がします。まあ、そういう方に寄せているのかもしれませんが。


そして、僕が何よりも惹かれたのは、作品世界と現実を見つめる切ない視線にありました。


この作品のテーマ。なんだと思いましたか?
「笑顔」
まあそうかもしれません。
「親子」
それもあるいは。
「友情」
確かに。
「虐待」
それな。

いやまあ、別に正解なんてありゃしないし、あったところでそれがわかりましたっていうほど傲慢じゃないですが。あなたはどう思ったかという話でしかないです。作品は「解釈」することしかできませんから。
んで、僕の解釈。それはもっと総括的で、そして僕らに身近なもの。
「人と人の間の隔たり」
でした。
タイザン5氏の他の作品でもそうなのですが、かなり顕著に「劣等感」がモチーフとしてあります(というか手癖かな)。「タコピー」においてもそれは例外ではないですし、一つのテーマではあるのですが、今作ではそれを個人の経験にコミットせず、もっと大枠で語ろうとしたように見受けられます。

ハッピー星から来たタコピーという存在。ある種のユートピアの住人である彼(?)と、ネグレクトに虐めという地獄のような日々を送っている少女、久世しずか。物語は彼らの邂逅から始まり、タコピーの「久世しずかに笑顔になってほしい」という願望を動機にドライブします。
「しずかちゃんをものすごい笑顔にして見せるっピ!」
タコピーは言います。笑顔になってほしいと、彼は最初から最後まで言い続けます。
そう、笑顔になってほしい。
彼は、ハッピーになってほしいとは言いません。

幸せになってほしい。
綺麗な言葉です。間違っていません。何が幸せかは個人によって違いますが、個人にとって良い状態が幸せと定義される以上、「幸せになってほしい」とは他人にかける言葉として非の打ち所がないセンテンスです。
でも、そこには一つの盲目があります。
目の前の人が幸せであること。
一体、誰がそれを認識できるというのでしょう。
幸せになってほしいと言葉をかけて、実際に幸せになったかどうかなんて本人にしかわからないことです。であれば「幸せになってほしい」なんて、願望としては結構ですが、言葉としては実に空虚なものと言えます。

タコピーは、そうは言いません。
ハッピー星からきて、”あまねく宇宙にハッピーを広める”ことを目的としているにも関わらず、です。

それにタコピーは「おはなし」を重視しています。しずかちゃんとまりなちゃんの仲直りにも、しずかちゃんを理解するためにも、ハッピー星という科学が人類と比べられないほど進んだ世界から来た存在にしては、対話というプリミティヴな手法を常に使おうとします。

笑顔。
おはなし。
それはどちらも「出力」です。
人間が、自分の内側を外部に発露するための手段です。
「一体どうすればよかったって お前言ってんだよ‼︎」
しずかちゃんが発した、おそらくは唯一のSOSに対してタコピーは言い切ります。
「わかんないっピ…」
わからない。そう、わからないのです。
暴力によって発生した殺人に対し心からの笑顔が出てしまう久世しずかを、仲直りのために相手の所有物を隠してしまっても話が拗れない星の住人が理解できるはずがないのです。
どれだけ仲良くなりたくても、どれだけ相手のことが好きでも、わからないものはわからない。タコピーはそれを理解し、認めました。ハッピー星で生まれ育った自分と地獄のような環境で生きる久世しずか。その間にはどうしようもない隔絶があって、わかりあうことなんて不可能だと。
わからなければ、願うしかないのです。
相手が発する言葉から、相手のその表情から、相手がきっと幸せであると信じ、それが真実であると祈ることしかできないのです。
それは”何にもできない”ことと同義です。わかりあえない人同士が、相手にできることは何も、無い。

彼女たちが与えられた結末は、安易にハッピーエンドとは言い難いものです。
タコピーはもういません。
しずかちゃんの環境は改善していないし、まりなちゃんも同様。
東くんはしずかちゃんとの接点を失ってしまいました。
でも、しずかちゃんとまりなちゃんは似た境遇であるがゆえに、同じ孤独の持ち主であることを理解し、それを分け合うことができました。
東くんは潤也くんと喧嘩して、踏み込んだ対話ができるようになりました。

人と人とは違います。
わかりあうことなんて望むべくもないし、違うものに対しては容易に暴力的強く触ることにもなります。
でも、だからこそ、同じ境遇の人を見つけられたなら、ほんの少し踏み込む勇気があったのなら、その孤独は少しだけ和らげられるかもしれない。
エモーショナルな展開に隠れて、その実どこまでも徹底的に現実的なシビアさを貫いた『タコピーの原罪』。それは上質なキャラクターたちのドラマであり、同時にささやかな希望を謳う、願いと祈りの物語でした。

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