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【禍話リライト】 踏切の音

 ベテランバイトのAさんが無断欠勤した。今までにも休むことはあったが、体調が悪ければ前日から「明日休むかもしれません」とわざわざ連絡を入れるような人だった。店長が連絡すると、体調が悪いが翌日は出勤できそうだとのことだった。しかし翌日、Aさんは来なかった。連絡をするとまだ体調が悪いようだったので、調子が戻るまでばらく休むように言い1週間ほど休みを取らせた。休みの間にも心配になり何度か電話をしたが、一向に回復してないようで、なんだか様子も変だった。
 バイト仲間の大学生連中も心配していたが、最後に会った者の話ではいつも通り変わった様子もなく元気そうだったという。店長は身体的不調ではなく、精神面からくる不調なのではないかと思ったようで、Aさんの様子見がてらパーっとやって元気づけるよう頼み、早く上がる彼らに酒肴代を渡した。
 Aさんのアパートへ向かい呼び鈴を押すと、やつれたAさんが出てきた。髭は生え放題で、食事もまともにしていなさそうだった。部屋に上がり、「体調大丈夫ですか?」「酒飲みましょうよ!」と声をかけるも力なく「うんうん」「そうだね」と力なく答え口数も少なかったが、お酒が進むにつれ少しずつ活気を取り戻し、元気がない理由を語り始めた。

 バイト終わりに自販機でビールを買い、ほろ酔いで帰っていた。いい気分になり、よろけながらおっとっとっと、と千鳥足になり何かを踏んだ。それは花束だった。枯れて何の花かもわからなくなったような古いものだった。近くにあった電信柱には事故があった旨を書いた看板があり、それも古びていてよく読めなかったが、どうやら子供が電車と接触し、目撃者を募っているようだった。「じゃあこの花束は……」と酔いもすっかり醒め、帰宅した。
 それからというもの、夜中の2時頃になると部屋で「カーンカーンカーンカーン」と踏切の音がするのだという。確かにコンビニからAさんのアパートへの道中に踏切はあるが、もし町中が完全な静寂になったとしても警笛がギリギリ聞こえるか聞こえないか程の距離であった。
 「それは精神的なやつで、耳が敏感に音を拾っちゃうだけじゃないですか?」
 「違う。部屋の中が踏切になったんじゃないかってくらいカンカンカンって音がして、寝てても飛び起きちゃってちゃんと眠れないし、毎晩毎晩くるんだよ。起きてる時も来るんじゃないかって怖くてな。ここ一週間は失神するように寝るんだ。こんなことになると、今まで安全だと思っていた世界が崩れて、価値観が揺らぐんだよ」
Aさんは目をギラギラさせながら、真剣にそう言った。気味が悪い話だが、「まあまあ」となだめていると、友情にアツい男が「俺ら2時までいますから実験してみましょう!」と言い出した。正直、他の連中はおかしなAさんを目の当たりにして帰りたい気持ちでいっぱいだったが、友情に燃える彼に圧され誰も言い出せない。
「もしAさんだけに聞こえるなら病院に行けばいいし、俺ら皆にも聞こえればお祓いとかでしょう?はっきりさせましょうよ!」
と言うと、Aさんもあっさり了承した。そんなことになっては、帰ると言い出すこともできず内心「余計な事言いやがって!」と思いながらも、そこに残るしかなかった。
 怖くてたまらないため、自棄になってお酒を飲んだり、テレビをつけたりして誤魔化そうとするが、Aさんはその間も「ごめんな、結構大きい音するからさ」「そうそう、このテレビくらいの音量」と言うので怖い。お酒の力を借りても誤魔化しきれない恐怖は、2時が近づくにつれ高まる一方で緊張感も増していった。
 2時になった瞬間、「カーンカーンカーンカーン」とけたたましい音がなり、そこにいた全員が音を聞いた。

しかしそれは踏切の音ではなく、
Aさんが「カーンカーンカーンカーン!!!!」と絶叫していた。

「なにやってるんですか!?」と必死にAさんを揺さぶるが、体にはかなり力が入っているのか体が硬直しており、虚空を見つめたまま直立不動で叫び続ける。電車が2本、踏切を通過したくらいの時間が経つっただろうか。Aさんはぴたりと叫ぶのを止めた。

「な?こういうことがあるとさぁ、価値観とか揺らいでくるだろう?」

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※リライトにあたり、一部表現/構成を変えた部分や自己解釈を含んでいることをご了承ください。
禍話 第五夜(1)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/306839602)11:40頃~

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