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ナガミ、どこに帰るの?

今日は、ナガミという女の子の話をしようと思う。わたしが彼女に会えるのは、夜だけだ。今のところは、夜だけだ。

初めてナガミと会ったのは、2ヶ月くらい前、春の夢の中である。
わたしは元々よく夢を見る、そして殆どが明晰夢だ。
明晰夢というのは夢を“夢”であると自覚できるもので、コントロールもできる。
例えば空を飛んでみたり、死んだペットを生き返らせてお話ししたり、電柱をポッキーに変えちゃったりもできる。

結構おもしろいので好き勝手遊んでいるが、このようなコントロールをするには
“今、自分は夢を見ている”
と認識する必要がある。
電車に乗って窓の外を眺めているだけでは毎朝の通勤のように感じるが、もし窓の外に巨大なハムスターがひしめき合っていたら、それはもう夢なのである。

なにか、“これは現実じゃないな”と思わせるきっかけがあれば途端に明晰夢に変わる。
歩いている人、空の色、立っている場所、何だっていい。非現実を感じると世界がガラッと変わる。自分の好きなように変えられる。
だからわたしはいつだって、何か違う所がないか、なにか。
そんな違和感を探して現実を生きていた。

冒頭で話していた2ヶ月前のある日の夢、
わたしはエレベーターに知らない少女と乗っていた。どこか大きなホテルである円卓パーティに出席していたようで、自分の呼気から少しアルコールを感じた。
大学時代にアルバイトで、パーティに付き添うコンパニオンをしていたのでこの時点ではさほど違和感はなかった。
早く持ち場に戻らなきゃ、と表示されるフロア数を見ていると、突然エレベーターが停止した。不思議に思って待つものの、5分経っても動かない。閉じ込められたんだ!と気付き血の気が引いた。

すると、後ろに立っていた同乗者の少女が話しかけてきた。
「なんだろ…止まっちゃったね。」
故障かな?と続ける彼女に、わたしも
そうだね、怖いね。と返した。
こんな状況にも関わらず、彼女は割と落ち着いていた。ちょーやばいね、などと言っていた。
狭い空間の中、2人きり。
軽く世間話をすることにした。
彼女は20歳で、すらっとした美人な女の子だった。
「わたしの名前はナガミ!」
「……だっけ?わたし、ナガミ?」
「うーん、多分そう、ナガミって呼んで!」
と不思議な自己紹介をしてきた。
印象的なのは、束感のある長いまつ毛と
茶色のくるんとした横髪。小さな顔。
少し脳天気で、マイペースな雰囲気を感じた。

しばらく話していると、急にエレベーターがガコンッ!!と音を立て、急速に回転しながら落下しはじめた。
うわあああ!と叫びながら地面に張り付こうとするわたしに、ナガミは

「大丈夫だよ、だってこれ、夢だから。」

確かにそう言った。
夢……?なら起きればいいのか!
地面に叩きつけられる前に、起きろ!と
強く念じた。大抵の夢はこれで目が覚める。
けれど、その日はうまくいかなかった。

なんで起きれないの!?どうしよう!?と焦るわたしに、ナガミは
「じゃあフロア数増やして落下時間伸ばしちゃおうよ」とあまりにも雑な提案をしてきた。
「わたしも祈るから、ね!起きよ!」
2人でぎゅっと手を握り、これは夢、これは夢。と唱えた。
何分、何時間、そうしていたかはわからない。ビビビ、ビビビ、とけたたましい音が耳を貫き、スマホのアラームだ!と気付いた瞬間。「またね、ばいばい。」と彼女はゆっくりと手を離した。
両手に残った、じっとりとした汗の感触がわたしを狂わせた。

目が覚めてからのわたしは、同居人から見ても様子がおかしかったらしい。
出勤の支度をしながら、ねえ、ナガミは?
どこいったのかな、大丈夫かな?と
しきりに呟いていたらしい。

今更ではあるが、わたしは現在、統合失調症を患っている(最悪すぎ)。
よく夢と現実の境目がわからなくなり、朝はせん妄に取り憑かれていることがあるので
同居人も特に何も言わなかった。
薬の効きが悪い時は日中もせん妄と戦う。
嫌いな上司と話している間、頭の上にはシャム猫が乗っていて笑いをこらえるのに必死な時もある。パソコンの文字がうねうねと這い回り、エアコンが呪詛を唱える。
そんな時は、ああ、これが夢だったら、エアコンに歌をうたわせるのに、と思う。

ナガミと夢で別れた後、彼女のことを考えた。夢に知らない人間が出てくるのは珍しい。いつも登場するのは友人や家族、芸能人やYouTuberなどモチーフが現実に存在する人ばかりだ。
何度思い返しても、“ナガミ”という人物に心当たりは無いし、容姿も初見と言った具合である。でもキャラクター性はしっかりとあった。彼女は一体、誰なんだろう。
そんなことを考えながら薬を飲み、床に就いた。

すると、すぐにナガミが現れた。
やっほー、今朝はたいへんだったね〜
などと言いながら、わたしの実家でくつろいでいた。
実家は数年前になくなっているので、夢だとわかるのにそう時間はかからなかった。
エレベーター落ちたじゃん、あの後大丈夫だった?と聞くと「うん!すぐ帰ったからね〜」と何事も無かったように答えた。
わたしも夢の中だとわかっているので、そう、それならよかった。とすんなり返せた。
実家のわたしの部屋でおしゃべりをした後、なつかしい小学校の周りを歩いた。
ここ、ザリガニめちゃいたんだよね。と言うと、それな〜!とナガミは笑った。
不思議と、ナガミはわたしの地元に馴染んでいた。というより、なんだか幼なじみのような感覚がした。ここで一緒に遊んだことがあるような、お互いの親を知っているような、とにかく懐かしい気持ちになった。

場面は切り替わって、大学の食堂にいた。
お気に入りだったからあげ定食をたべながら、遠藤先生の授業って毎回、絶対珍しい魚の標本見せびらかしてくるよな。佐々木先生は内容おもろいのに滑舌悪すぎるww
などと教授の話で盛り上がった。
ナガミはわたしの知っていること、思っていること、その全てを理解していた。
わたしが創り出した友人なのだから、当たり前かもしれないけれど。
あまりにも良い友人だった。

次の日の夜も、その次の日の夜も、毎晩ナガミと語り合った。
場所や時間、年齢も違う状態でたくさん遊んだ。どろだんごを作ったり、一緒にレポートを書いたり、コンパニオンのバイトもした。
眠っている時間のほとんどをナガミと過ごしたので、段々とナガミは本当の友達なんじゃないかと思った。でも目が覚めてLINEを見ても、友達一覧の中にナガミの名前はない。

その喪失感さえなければ、朝が来なければ。何度もそう思いながら満員電車に乗って職場に向かった。
帰って、お洗濯をして、明日のお弁当を作って、お風呂に入って、お薬を飲んで。そうしたらナガミにまた会える。今日の仕事最悪だったんだよ〜って話を聞いてもらえる。
ある意味それがモチベーションとなって毎日をがんばれた。

ある日、仕事の休憩時間にお昼ごはんを食べにラーメン屋さんに行った。
トッピングが豊富で、親鳥チャーシューがとってもおいしくて通っているお店だ。
その帰り道、スマホをつつきながら歩いていると突然轟音が頭を揺らした。
チカチカとした脳みそに、強い風を感じて目を細めると目の前に大型トラックがいる。
運転手と目が合ったが、唖然とした表情をしていた。轢かれる、あ。と声を出した。

その瞬間、横の細道からナガミが顔を出して
おーーい!とわたしを呼んだ。
ナガミだ、ナガミがいる。
じゃあ今は夢の中ってこと?
ぐっ…と念じた途端、トラックは大きなうさぎに変わり、ぽよんとわたしを弾いた。

おー、怖かったねえ。とわたしに駆け寄るナガミに思わず縋りついた。
ねえナガミ、教えて。今は現実なの、夢なの?わたしわからないよ、たすけて、こわいよ。どっちを生きているのか、わからなくなっちゃったよ。たすけて、ナガミ。
捲し立てるように彼女に問いかけた。

するとナガミは、大丈夫。わたしは夢にしか現れない、そういう友達なんだよ。と言った。あなたを悪夢から、嫌な現実から逃げさせる手段がわたしなんだよ、と言った。

その言葉で、なんだか納得がいった。
彼女の口からそれが聞けただけで、とても安心した。ナガミは現実にはいない。
だから無意識の中、どこかで彼女を探す自分を止める勇気が生まれた。
満員電車の中、ごった返す街の中、いくら探してもナガミはいない。
ただ、わたしの頭の中にだけ、存在する。

この日からナガミが夢に出てくる頻度は減った。少し寂しい気もするが、たまに現れた日はラッキー!とばかりにたくさん話を聞いてもらう。
どんな場面でも、どんな話をしても、ナガミは笑ってくれるし一緒に怒ってくれる。

今は良い付き合いができていると思う。
程よい距離感。
客観的に見たら、わたしのこの感情、この状態は“症状”なのだろう。
でもその症状のおかげで、わたしの穏やかな時間は増えたように感じる。

時々彼女との交流をTwitterに記そうと思う。長文を読んでくれてありがとう。
わたしだけの友人、ナガミの話でした。

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